見晴し台で停止していた妖婆櫓が、再び動き始めた。あの巨大な櫓で坂を登るのに体力を使いすぎて、しばらく休む必要があったのだろう。 「あの馬鹿ども、まさかとは思うが、あそこから真っ直ぐ駆け下りてくるつもりじゃないだろうな……?」 「甘く見るな。あいつらは、俺たちが想像している以上の馬鹿を、平気でやってくる」 誰かが漏らした呟きに、オルグはそう答えていた。 「おい……!? ヤツら、本当に見晴し台から駆け下りてきたぞ!」 見晴し台から麓へ続く斜面はかなりの急勾配で、馬車や荷車などは、登攀路(とはんろ)を使って脇から回り込むように上り下りするのが当たり前だった。だが弟たちは、櫓で斜面を一直線に下りてくるつもりでいるのだから、「死にたいのか」としか言いようがない。 敢えて言いたくはないが、確かに、馬鹿だ。 我が弟のやることながら、弁護の仕様がない。 愚弟にしては珍しく、本気で村の行事に取り組んでいるようだから、ようやく村の男としての自覚が芽生えてきたのかと好意的に考えていたのだが、甘かった。 あの性根は、一度厳しく叩き直す必要がある。 「どうする? 避(よ)けるか?」 「駄目だ。俺たちの後ろには、村の皆がいる」 仲間たちからは、回避するべきだとの声が上がったが、オルグは首を左右に振った。自分たちが助かるだけならそれでよいが、戦士櫓の背後にいる観衆を全員避難させるほどの余裕はないだろう。祭りが始まってからだいぶ時間が経っているし、酒の酔いが回って、歩くことすら儘(まま)ならない者たちも多くいるはずだった。 「この櫓で、あれを止めるぞ」 他に、方法はなさそうだった。 「本気か?」 「強制はしない。危険だと判断した者たちは、櫓から離れてくれ」 「オルグ。お前は、どうする気だよ?」 「言い出した手前、俺が逃げるわけにはいかないだろう」 櫓が大破したとしても止むを得ないが、代々受け継がれてきた戦士の面や、内部に納められている彫像を置いたままにして逃げ出すことはできなかった。村の人びとにとって、戦士の面や彫像は守り神にも等しい存在なのだ。なんの因果か、伝説の戦士様と同じ名を与えられた自分ではあるが、そのこととは関係なく、村の平和の象徴を守らなければならないという責任感は強く持っているつもりだった。 「そういうことなら、俺たちも残るぜ!」 「大将一人だけ男を上げようたって、そうはいかねえよ!」 「半人前の櫓ひとつ止められなくて、オーミの男になれるかよ!」 「おおっ!? お前、格好いいこと言うじゃねえか!」 「戦士様は、村の守り神なんだ! 置いて逃げたりしたら罰が当たるぜ!」 仲間たちからは次々と同調の声が寄せられたので、深い感謝の念がオルグの胸中を埋めた。 「みんな、すまない……」 瞑目(めいもく)し、微かに頭(こうべ)を垂れる。 「婆さんの櫓が来たぞ!」 その声に眼を開くと、妖婆の櫓がかなり大きく見えるところまで接近しているのがわかった。斜面を下りて平地に出ても、櫓の速度はなかなか落ちずに暴走を続けているようだ。 奇怪な形相で白髪を振り乱し、頭頂から焔を噴き上げながら迫り来る巨大な妖婆。 これが祭りでなければ、悪夢のような光景である。 いや、違う。これは現実に起きた、悪夢なのだ。 見晴し台から村を抜けて海に到るまでは徐々に標高が下がっていくので、放っておけば妖婆の櫓は海の中に突っ込むまで走り続けてしまうかもしれない。 次第に、櫓の上に乗っている弟たちの姿が見えるようになってきた。 オレスは、櫓から振り落とされないように妖婆の白髪にしがみついているのが精一杯という様子だ。妖婆の左手にかじりついているユータも同じようなものだろう。 アストは―― 「オルグ!? 一人だけまだ戦うつもりのヤツがいるみたいだ!」 「そのようだな」 木刀を構えたアストは、弾むように上下動を繰り返している足場に、しかと両足を張り付かせながら身体を安定させているように見えた。 やはり、あいつか。 昔から、どこか捉えどころのない少年だった。何をする時でも、本当の力は出し切らずに隠しているような印象がある。もしかしたら、自分は彼が本気を出したところを、見たことがないのかもしれない。 話に聞く限り、彼自身はまともな稽古を積んでいないようだが、母親が薬師を始める前は旅の武芸者だったというし、ヴェルトリアとの戦乱で没したという彼の父親も、生前は相当な手練(てだれ)の武術家であったらしい。 再三にわたってオルグの木刀を防いだのは、恐らく、本人が意識してやったことではないだろう。 五体に流れる赤き血潮が彼に囁き、手足を如何に操るべきか導いているのだ。 ならば、あれが天稟(てんりん)というやつか。 「どうするんだよ?」 攻め手の二人に指示を仰がれ、オルグは左手の足場へ飛び降りた。永きに渡って村を見守ってきた戦士の面を、割らせるわけにはいかない。 「あれは俺に任せろ。二人は、下に降りて押し手の皆と一緒に衝突へ備えてくれ」 「わかった!」 攻め手の二人を下に回し、搗(か)ち合いの衝撃から櫓を支えてもらうことにした。その判断自体は間違っていないはずだ。だが自分が、櫓を守るためにそうしたのか、半人前の少年と一対一の決闘を行うのに没入できる場を作りたかっただけなのかは、わからなかった。 ……いや、本当はわかっている。 稽古であろうと、実戦であろうと、この村で自分に敵う者など疾(と)うにいなくなっていった。 にもかかわらず、まだ勝負を挑んでくるやつがいるというのが、許しがたい。 身体の奥底に眠らせていたはずの、無頼の血が蠢き始める。 愚かなのは、弟たちだけではなかった。 自分も、そうなのだ。 自警団の一員として、いつまでも馬鹿をやっているわけにはいかないと自制するようになったが、根の部分では、弟たちを相手にちゃんばらごっこでむきになっていたあの頃と、なにも変わっていない。 本心では、仲間たちと気ままに生きている弟が羨ましかったのだ。そんな弟を「愚弟」と呼ぶ資格など、自分にはない。 ……卑怯者は、俺の方かもしれないな。 胸中に呟いたオルグの眼前には、木刀の間合いに届かんとする妖婆櫓の巨体が肉迫していた。 † 立っている。 なぜ立っているのだろう、とアストは思った。 本当は、こんなことをしている場合ではない。 頭ではわかっていた。 暴走する櫓からなんとか飛び降りる方法を見つけなければ、櫓同士の激突によって死ぬかもしれないのだ。縄梯子を垂らして、地面の近くまで降りてから跳べば、打撲と擦り傷を幾つか作る程度で済むかもしれない。 そうするべきだ、と思考したときには、戦士の櫓までだいぶ近づいてしまっていた。 もう、間に合わない。 戦士櫓の上には、誰もいなかった。 いや、左手の方に、大将のオルグが立っている。攻め手の二人は、見当たらない。なぜオルグだけがそんなところで木刀を構えているのか、わからなかった。しかも、わざわざアストと正対する位置に下りてきてまで……。 そのオルグと、眼が合った。 打ってこい。 オルグの眼は、そう語りかけてきた。 こんな状況だというのに、彼は結着をつけるつもりでいるようだ。 おかしいと思う。 意地になって、力の比べ合いをしている場合ではないのだ。 こんな祭りの、こんなくだらない決闘もどきで、自分の人生に幕を下ろしたくはない。 「アスト!」 オレスが叫んでいた。 まだ、兄に勝ちたいと思っているのだろうか。 わからない。 アストにとっては、櫓の勝ち負けなど本来はどうでもいいことなのだ。 皆は、違うのだろうか。 わからない。 「た、助けてぇぇぇっ!」 ユータが叫んでいる。 たぶん、それがこの状況に対して一番まともな反応なのだろう。 前方に意識を戻すと、オルグの木刀が天に向って振り上げられているのが見えた。 打たぬのなら、俺が、打つ。 そう言われているような気がした。 みんな、おかしい。 そんな言葉が頭の中を転がったときには、自分も木刀を振り上げていた。 勝負は、この一瞬だけだ。さらに一瞬後には櫓同士が激突しているだろう。それから自分がどうなるのかについては、もう考えていない。 思い切り打ち下ろすつもりで、木刀を振り上げた。 その直後――、なぜ考えた通りに身体が動かなかったのかは自分でもわからない。 アストは木刀を突き出していた。 木刀の切っ尖が、戦士の面を目がけて最短距離を貫く。オルグの反応は、微かに遅れている。 切っ尖が、面を捕らえた。 戦士と妖婆が、激突する。 一瞬、目の前が暗くなった。 既に限界を迎えていた骨組みが引き裂かれ、異形の妖婆が断末魔の悲鳴を上げる。 アストは、なぜ自分の視界が天を向いているのかわからなかった。 撥ね上げられた木刀の向こうに、宙を跳ぶオルグの姿が見える。妖婆の面に、止(とど)めの一撃が加えられた。縦一文字に割られた面の片方が、櫓から剥がれて落下する。天を仰ぐように倒れゆく妖婆櫓を蹴りつけ、再び宙を跳んだオルグが、戦士櫓の足場へと戻ってゆく。 戦士の面は、割れていない。アストの決死の攻撃は、面の中央に微かな傷をつけただけだった。 「あああぁっ!? 兄貴め! ちくしょぉぉぉっ!」 オレスが叫んでいた。 負けたのだ。 崩壊する妖婆櫓とともに落ち続けるアストの視界には、あの《環》が視えていた。 数瞬後には痛い思いが待っているはずだが、あの《環》を視ていると、まだ、生きていられそうな気がする。 こうして、アストたちの戦いは終わりを迎えた。 ……生きている。 なぜ生きているのだろう、とアストは思った。 本当は、死んでいるのではないかという気がする。 よく、わからなかった。 仰向けに寝ている。 それだけは、わかった。 上体を起こしてみる。身体は、特になんともないようだ。ただ、腕に少しだけ痺れが残っている。戦士の面に突きを見舞ったが、撃ち貫(ぬ)くことができずに痛んだのだ。 遠くから、割れんばかりの拍手と歓声が聞こえてくる。 戦士櫓が勝利したから、村人たちは皆、喜んでいるのだろう。 アストたちは、負けたのだ。 櫓が倒れたときに舞い上がった砂粒を吸い込んだためか、口の中に土の味がした。 これが、敗北の味か。 特に勝利への執着があったわけではないが、胸の中にはいまいちすっきりしない気分がわだかまっている。勝っていたら、すっきりできたのだろうか。 でも、これ以上善戦することができたとは思えない。やるだけやって、負けたのだ。 倒れた櫓の上だった。 骨組みと骨組みの隙間に、妖婆の外套がぴんと張っているところがあって、偶々(たまたま)そこに落ちたから、無事でいられたらしい。 「い、いでででで……!」 後ろから、呻き声がした。オレスだ。振り向くと、妖婆の面にへばりつくように倒れている彼の姿が見えた。 「オレス、生きてるか?」 呼びかけながら、まだ腰に巻かれていた命綱を解く。 「ああ、いてえけど無事だ」 オレスはそう応えてきたが、まだ起き上がれないでいる。 骨組みの壊れていない部分を伝って、彼のもとへ近づいた。 「わりい。手を貸してくれ」 特に怪我はしていないようだが、足腰が抜けて立てないようだ。 「さすがに死んだかと思ったな」 助け起こしたオレスが、そんなことを呟いた。櫓が潰れるように壊れてくれたおかげで、倒れたときの衝撃が緩和されたのだろう。 「ぼ、僕のことも助けてよぉ!」 妖婆の左手があったはずの方から、ユータの声が聞こえてきた。 「どこにいるんだ?」 上から覗いてみると、形容しがたい具合に命綱をこんがらかした恰好で、ユータが足場から宙吊りになっているのが見えた。 「おお、よかったじゃねえか。命綱がなかったら、地面に叩きつけられて大怪我してたぜ」 オレスは笑っていた。ユータが無事だったからこそ、こんな冗談を言える。 「ちっともよくないって! お願いだから、笑ってないで早く助けてよ!」 「すぐ下ろしてやるから待ってろ」 アストは櫓を降りて、ユータの命綱を解いてやった。彼も、怪我らしい怪我は負っていないようだ。すぐに、オレスも櫓から降りてきた。 三人とも無事だったのが、不幸中の幸いというところだろうか。 「――にしても、派手にやられたもんだなぁー」 倒壊した櫓を見渡しながらオレスがぼやく。全身の骨組みが粉々に砕けてしまったようなものだし、骨組みを覆っていた長衣もところどころが引き裂かれるように破れていて、ひどい有様だ。車輪も、右の前輪だけが辛うじて残っている他は全部脱落して、あちこちに転がっていってしまった。横倒しになった炬火台(きょかだい)からは、火種が零(こぼ)れて地面に燃え広がっている。これではとても神火の近くまで移動できないので、今年の妖婆櫓はこの場に種火を持ってきて燃やすしかなさそうだ。 「あーあ、あともうちょっとだったってのによー」 「あともうちょっとで、死人が出るところだったよ……」 「お前は! すぐにシケた考え方すんのやめろよ!」 「すぐに暴力振るうのやめてよ!」 拳を振り上げたオレスから逃れようとしたユータだったが、前方からやってきた何者かにぶつかって跳ね飛ばされた。 「あいたっ!? ご、ごめんなさい……!」 戦士櫓を動かしていた新前たちが、そこにいた。皆、一様に苛立ちを募らせた鋭い目つきで、アストたちを睨んでいる。 「死人が出なかったからいいようなものの、こいつら、祭りを滅茶苦茶にしやがって……!」 「今日は無事に帰れると思うなよ……!」 「絶対に許さねえぞ! 覚悟はできてんだろうな!」 新前たちが口々に怒声を浴びせてきた。やはり、怒っているようだ。 「あわわわわわ……」 オレスとユータが、アストの背中に隠れようとしていた。 「なんで二人ともおれの後ろに隠れるんだよ」 「おいアスト……! なんとか言い返してやれよ……! お前が大将だろ!」 新前たちにも聞こえる声で、オレスがそんなことを言った。 「そんなの、いつから替わったんだよ!」 「たった今だ! たった今!」 「土壇場で卑怯なことすんなよ……!」 負けたからといって、責任を負わされるためだけに大将に据えられてしまってはたまらない。 「こいつらふざけやがって……! 聞いてんのか!」 「待て」 激昂した一人の新前が今にも殴りかかろうとしていたが、すぐに制止の声がかかった。オルグがアストたちの前に姿を現す。彼は、感情の読めない瞳でこちらを一瞥した後、新前の仲間たちへ振り返った。 「こいつらの件は、俺に預けてくれないか」 「えぇっ?」 新前たちからは、不満の声が上がる。 「そいつはできねえ相談だな。みんな、こいつらの悪ふざけには頭きてんだ。お前、自分の弟だからって助けるつもりで、そんなことを言ってるんじゃねえだろうな?」 「その点は心配するな。自分の弟だからといって、甘くはしない。それよりも、今は祭りを無事に終わらせることを優先してくれないか。ここまで時間をかけすぎたおかげで、黄泉返しの刻限が迫っている。祭りを成功させるには、日を跨(また)がぬうちにすべての儀式を終わらせなければならないんだ」 「ちっ……。なら、仕方ねえ。祭りが失敗になっちまったら、元も子もねえもんな」 「先に準備を進めておいてくれ。俺も、この三人に灸を据えたらすぐに行く」 「わかったよ。けど、ちゃんときついのお見舞いしといてくれよ」 「もちろんだ」 オルグが肯くと、新前たちは止むを得ないといった風情で自分たちの櫓の方へ引き返していった。 「ふーっ、助かったぜ! 兄貴、すまねえな――ぐわっ!?」 兄へ軽く笑いかけたオレスだったが、その一瞬後には拳を顔面に受けて吹っ飛ばされていた。 「な、なにすんだよ!?」 左の頬を押さえながら起き上がったオレスが、兄を睨みつけていた。唇の端から、微かに血が垂れてきている。口の中を切ったようだ。 「俺はお前たちを助けたわけじゃない。祭りを混乱させた責任は取ってもらう」 「責任って……、そこまで俺たちが悪いことしたっていうのかよ!」 オレスが言い返そうとすると、弟の胸倉を掴んだオルグが傍目にもわかるほどの物凄い力で宙に吊るし上げた。 「うわぁぁぁ!? は、放せよ!」 「祭りを見ている皆のところへ櫓が突っ込んだらどうなるか、お前は少しでも考えたのか!」 オルグが声を荒げているところを見るのは、珍しかった。怒っている姿自体、あまり見かけない。 「そ、それは……、悪かったよ。あの時は、どんな手を使ってでも兄貴に勝ちたいってことしか考えてなかったから……、まさか、あんな風になるなんて――ぶはっ!?」 そこまでを言わせたオルグは、もう一度弟を殴り飛ばした。 「そんな子供じみた考え方で行動するのは、いい加減に卒業しろ。お前たちは、いつまでいたずら小僧の気分でいるつもりだ」 「…………」 オレスは黙りかけたが、すぐに口を開いた。 「本当に、俺が悪かったよ……。でも、みんなのことは責めないでやってくれないか……? みんな、俺の言うことに従って協力してくれただけなんだ。その分の責任は、俺が全部取るからさ……」 「いいだろう。その言葉通り、残り全員分の拳骨は、お前一人で受けるんだな」 「いぃぃぃっ!? 全員分……!?」 あと三十発以上の拳骨を食らわされると聞いて、オレスはさすがに泡を食ったような表情をみせた。 「どうした。気が変わったのか」 「い――いいや! 俺も男だ! 覚悟を決めて全員分殴られてやらぁ!」 「よく言った」 オルグが拳を振り上げる。オレスは、思い切り眼を瞑(つむ)っていた。 「――と、いきたいところだが、その覚悟に免じてここまでにしといてやろう」 オルグの拳は、オレスの顔面すれすれのところで止められていた。 「…………?」 「今の言葉、忘れるなよ。次に何か問題を起こした時は、今日の分も合わせて殴り飛ばしてやる」 オルグはそのように付け加えてから、弟を解放した。 「た、助かったぁ……!」 オレスが腰砕けになりながら地面にへたり込む。 「オレス、だいじょうぶ?」 そこへユータが駆け寄った。だが、助け起こそうとする前にオルグに睨まれて、その場に立ち竦んだ。 「お前たちにも責任がないわけじゃない。なぜこいつを止めなかった?」 「えっ――ええっ!? ぼ、ぼっ、ぼぼっ、僕は……!」 アストは、どもってまともに喋れなくなったユータを見て、これは駄目だと思った。 「ユータは止めてたよ。大将には無視されちまったけど」 仕方ないので助け舟を出してあげた。ユータは緊張するとすぐにどもるので、何も悪さをしていないときでもうまく言い分を話せず、アストやオレスの巻き添えを食って怒られることがよくある。 「お前は、止めようと思わなかったのか?」 オルグの視線がこちらを向いた。ユータではなくても、怖いと思う。オレスが思い切りぶん殴られた後だから、余計にそう感じるのかもしれない。 「おれは……、遅れてみんなに迷惑かけた分を取り戻そうと思ってただけで……」 どう考えても、それ以上の言い訳は出てこなかった。案の定、オルグの厳しい眼差しに変化はない。 「それなら、他に力の使いようがあることを知るべきだな。お前も、根性を叩き直す必要がある」 拳骨がくるのか。 そう思い、歯を食いしばって備えた。 「おにいちゃーん!」 その時、こちらに向ってマナミが駆け寄ってくるのが目に入った。 |