【第二章】黄泉反す祭りの星夜の下に、命の縁は紡がれる
第二十五話 皆の待つ処へ

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 揺らぐ火を見ていた。
 そうしていないと、頭が勝手に思考を紡ぎそうになってしまう。
 なにも、考えたくなかった。
 なにも考えないようにして、なにかを待っているような気がする。
 でも、なにを待っているのかについては、やはりなにも考えたくなかった。
 目の前では、冷たい風に煽られた焚き火が揺らぎ続けている。
 今のオレスにとっては、目に映るその光景だけが、世界のすべてだった。
 世界が、揺らいでいるのだ。
 赤子の身体が冷えぬようにと、火を熾(おこ)してからどれほどの時間が経っただろうか。
 禿山で落ち合ったチャラムたちが松明の残りを持っていたので、小さな焚き火を組むことができたのだ。彼らの中に界瘴に呑まれた者はいなかったらしく、ひとまず安心した。それからチャラムたちは、火に継ぎ足せそうな木の枝や落ち葉などを探しに行ったので、自分やユータは火の番をするためにここへ残ることになったのだ。彼らが大勢で薪(たきぎ)を集めに行ったのは大袈裟に感じていたオレスだが、他にもここへ逃げてくる人たちがいたら焚き火を増やす必要があるかもしれないし、そうなると、やはりたくさんの薪が必要になるだろう。
 それ以上は面倒なことを考えたくなかったので、もう一度、焚き火を見ることだけに集中した。
 ……火の勢いが、少し無くなってきたように感じる。
「おい、火が弱くなってきたんじゃないか」
「うん……」
 オレスが言うと、ユータが枯れ枝を火に投げ込んだ。
 先ほどから、火が弱まるたびに同じやり取りを繰り返しているだけで、会話らしい会話などしていない。
 本当は、その会話すらやめて、ずっと黙っていたいくらいなのだ。火の加減と、枯れ枝の残りがどれくらいなのかだけを、気にしていたい。
 チャラムたちは二人一組ずつになって薪を探しているのだが、一組が一度に持ってくる量は少なかった。禿山なので、燃やせそうなものがあまりないのは仕方のないことだ。彼らには、躍起になってあまり遠くまで探しに行かないように言い含めてある。まだ、界瘴が空を覆っていて、いつまた地上に降りてくるかわからない気配なのだ。
 村では、界瘴への備えとして男山の山腹に退避壕を設けている。しかし、あまりそちらへ逃げようという気にはならなかった。元々あそこは、村人全員を収容できるほど広く造ってあるものでもない。ヴェルトリアの支配下にあった時代においても、あの退避壕に戦士様の像を隠して祭りを続けていたらしいのだが、今はそういう話を思い出すだけでも苛立ちが燻りそうになる。
 界瘴から村を守ることができないで、なにが戦士様だ、と思う。
 禿山の方が見渡しがきくし、ここからさらに避難するような事態になったとしても動きやすいはずだ。半人前の少年たち以外にも、ここを避難場所に選んだ幾人かの村人たちが集まり始めていた。その中には、男山の退避壕に入りきれなかった人たちもいるようだ。
 今は赤子も落ち着いているようだし、あまり動き回らずにじっとしている方がいいかもしれない。
 アストが助け出した赤子は、マナミの腕の中で静かに寝息を立てている。オレスやサーシャが交替してマナミを休憩させようとしたのだが、赤子が火の付いたように泣き出してしまうので、駄目だった。ユータに至っては、赤子と一緒に泣き出してしまいそうなほどうろたえてしまって、話にならない。
 結局、マナミ自身の希望もあって、赤子の面倒は彼女に任せることにした。
 マナミもきっと、赤子の世話に専念することで、余計な思考を封じようとしているのだろう。
 界瘴に呑まれた彼女の兄貴、アストは、まだ戻ってこなかった。
 ――ああ……、駄目だ……。
 考えないようにしていたのに、どうしても、頭の中に浮かんできてしまう。
 戻ってこないのは、マナミの兄貴だけではない。自分の、兄貴も……。
 兄が戦士像に神火を移した直後、上空から瀑布(ばくふ)のように降り注いだ界瘴が、なにもかも呑み込んでしまった。
 泳ぎが得意な兄貴だったから、なんとか抜け出して、どこかの高台に避難している可能性はあるかもしれない。
 ……そうだ。
 そうだよ。
 まだ、兄貴が死んだと決まったわけじゃない。
 英雄オルグの再来と謳われた兄が、界瘴に呑まれたくらいで死ぬわけがないのだ。
 確かに、兄弟だからというだけで、いちいち自分と比べられることには嫌気がしていた。
 苛立ちもしていた。
 僻(ひが)んでいた。
 羨(うらや)んでいた。
 それでも――
 それでも、自慢の兄だったのだ……。
 ――馬鹿が……! 死んだと決まったわけでもねえのに、泣くんじゃねえ……!
 両の目頭に滲んできた涙を、乱暴に拭った。ユータは、なにも言わない。それで、よかった。普段は本当に頼りにならなくて、弱虫で泣き虫でどうしようもないやつだが、こういうときにオレスの気分をわかってくれる、優しいやつなのだ。
 ――アストの野郎……! 早く戻ってきやがれよ! マナちゃんが可哀想だとは思わねえのか!? 全く甲斐性のねえ馬鹿兄貴が……!
 アストが戻ってこれるのなら、自分の兄貴だって戻ってくるはずだと思う。
 二人とも、自分が認めた男なのだ。そう簡単に、死ぬわけがない。
「ああっ! 坊や!」
 突然大きな声が聞こえてきたので、顔を上げた。一人の若い女が、マナミのもとへまっしぐらに駆け寄ってくる。そのすぐ後ろを、女の連れ合いと見られる男がついてきた。……夫婦だろうか。
「やっぱり……! うちの子だわ……!」
 赤子の顔を覗き込んだ男女が、互いの顔を見て肯き合う。
「この子の、ご両親ですか?」
「ええ……。逃げるときにはぐれてしまって、ずっと探していたんです……」
 赤子を抱いたマナミが立ち上がって尋ねると、女は申し訳なさそうに俯(うつむ)いた。
「それなら安心しました。この子のお母さんを見つけなきゃ、と思っていたところでしたから」
 マナミは、抱いていた赤子を母親と見られる女性に差し出した。
「ああ……、ごめんねクリム……」
 母親は、自分の腕に戻った赤子に頬を寄せると、肩を震わせながら泣き始めた。
「よかったね、あの赤ちゃん」
「よくねえよ!」
 ユータに怒鳴り返し、オレスは立ち上がっていた。
「おいあんたら!」
 若い夫婦を睨みつけるようにして、足早に詰め寄った。
「ちょっとオレス!?」
「止めんな!」
 腕に縋(すが)りついてきたユータを、乱暴に振り払う。
 どうしても、許せないことがある。
 一瞬だけ、夫婦が怯えるような表情を見せた。
「自分たちの子供だろ!? 泣くほど心配だったんだろ!? だったら……! 親なんだったら、てめえの命張ってでも守ってみせろってんだ! あんたたちが、その子を放り出して逃げたりしやがるからなぁ……!」
「もうやめなって!」
 また、ユータが邪魔をしてくる。どうして、邪魔をするんだ。邪魔をされると、もう……、なにも言えなくなってしまう。
「なんで……! なんで言っちゃいけねえんだよぉ……!? こいつらが子供を置き去りにして逃げたりするからなぁ……!」
 そこで、声が詰まった。
「その子を助けに行った俺の友達は……、界瘴に、呑みこまれちまったんだぞ……!」
 堪(こら)えきれずに湧き上がってきた涙と嗚咽で、声が裏返る。そのまま、へたり込むように腰を下ろした。
 もう、立ち上がる力も出てこない。
「おにいちゃん……」
 それだけを呟いたマナミも、崩折(くずお)れるようにその場へ座り込んだ。……泣いている。サーシャが、慰めるようにマナミの肩を抱いた。自分が泣かせてしまったのだ。でも、言わずにはいられなかった。
 若い夫婦は、動揺を露にした瞳でオレスを見つめたまま、黙り込んでいる。
「気持ちはわかるけど、みんな命からがらだったんだよ……! この人たちだけを責めることなんて、できないじゃないか……!」
 ユータだって、泣いていた。普段はアストのことを、「マナミんちのダメ兄貴」と馬鹿にしていたサーシャまで。
 みんな、口にしないだけで、考えてはいたのだ。
 忘れるはずがなかった。
 アストは、親友なのだ。
 いつも、一緒だった。馬鹿もやった。悪さもやった。村の皆に、怒られてばかりいた。
 取っ組み合いの喧嘩をすることも、しょっちゅうだった。
 それでも、かけがえのない、親友だったのに……。
「ばかやろう……!」
 それは、親友に向けられた言葉か、自分の兄貴に向けられた言葉か、わからなかった。
 どちらでもなくて、自分自身に向けた言葉だったのかもしれない。
「ちくしょう……! ちくしょおおお……!」
 力の限り叫んだ。叫べば叫ぶほど、己の無力が身に沁みる。
 どうして――
 どうして俺は、こんなに無力なんだ!?
 兄貴の半分でも度胸と力があれば、もう少しは……、もう少しは誰かを助けてあげることが、できたはずなのに……!
 なにを怨めばいいのか、わからなかった。無力な自分を、怨むしかないのだ。
「――おにいちゃん……?」
 ふと呟いたマナミが、上体をふらつかせながら立ち上がった。
「マナ、どうしたの? ちょっと待ちなって」
 そのまま覚束ない足取りで歩き出しそうになったマナミの腕を、サーシャが掴んだ。
「おにいちゃんの声が、聞こえたの。もうすぐ、こっちに来るって……」
「アストの声?」
 サーシャが尋ねると、マナミは微かに肯いた。
「それってまさか、虫の知らせじゃ……? アストのお化けが、最後のお別れを言いにきたのかな?」
「ばかやろうっ! 縁起でもねえこと言うんじゃねえ!」
「あいたっ!?」
 ユータの頭を、思い切り殴ってやった。
 しかし、耳を澄ませたところでアストの声などは聞こえてこない。
 認めたくはないが、やはり、ユータが言ったとおり――
「おーい!」
 いや、聞こえた。禿山の、麓から。
「そこにいるの、オレスと、マナミだろ? ユータとサーシャもいるのか?」
 そこまで焚き火の灯りは届かないが、こちらへ向って歩いてくる人影が見える。
「アストか!?」
「おにいちゃん!」
 マナミが駆け出していた。オレスも、後を追った。
「うわっ!?」
 同時に飛び出したユータとぶつかって、転がる。
「ユータ! お前邪魔なんだよ!」
「オレスが邪魔したんだろ!」
「お前! ユータのくせにそんな生意気な口を聞きやがって! 後で思いっきりぶん殴ってやるから憶えてろよ!」
「そんなの! いちいち憶えてるわけないだろ!」
「あ!? この! 待ちやがれ!」
 ユータを追いかけるように、斜面を駆け下りた。ここらでは見たことがない金髪の少女と一緒だが、あの外套を着た少年は、間違いない。アストだ。
「おにいちゃん! よかった……!」
 一足先に駆け下りたマナミが、アストに抱きついていた。
 生きている。
 愛しのマナちゃんに思い切り抱擁されているところを見れば腹も立つが、それでもアストが、生きている……!
「おいこの野郎! 死んだかと思ったら、あの世でナンパでもしてきたのかよ!」
「……いきなりずいぶんな言い草だな」
 アストが笑った。腕も足も付いている。アストのお化けというわけでは、なさそうだ。
「考えてみりゃおかしいと思ってたんだぜ! 赤ちゃんを助けるなんて、お前が女モンの下着一枚の得にもならないことやって、死ぬわけがねえもんな!」
「あんまり人聞き悪いこと言うなって」
 アストが苦笑しながら手を差し出してきたので、力いっぱい掌を叩きつけてやった。
「それとお前! 今日は特別に許してやるけどよ、あんまりマナちゃんにベタベタくっつくなよな! 兄妹ったって、限度ってもんがあるだろ!」
「おれも恥ずかしいからやめてほしいんだけどな。……おい、マナミ」
「だって、ずっと心配してたんだよ……?」
「それはすまなかったよ。でも、もう大丈夫だからさ」
「うん……」
 マナミはアストから離れたが、外套の袖を掴んだ手は放そうとしなかった。
「なあ、アスト」
「なんだ?」
「うちの兄貴が、まだ戻ってきてねえんだ」
「あぁ……」
 兄の話を切り出すと、アストの表情から笑みが消えた。
「お前にそんな余裕はなかっただろうけど、兄貴がどうなったか、わからねえか?」
「いや……、他の人たちがどうなったのかは、よくわからないんだ……」
「そっか……。まぁ、そうだよな」
 アストはすまなそうに俯いていたが、絶体絶命の状況から生き伸びて戻ってきた親友を、怒鳴る気になどならなかった。
「なんの役にも立てなくて、ごめん……」
「いや、まぁ、気にするなよ。お前が無事に戻ってきたってことは、兄貴も無事かもしれないってことなんだしさ。もう少し、待ってみるよ」
 それはほとんど、自分へ向けた言葉だった。
 でも、アストが戻ってきたのだから、自分の兄が戻ってくる可能性だって、少しは信じてみてもいいはずなのだ。絶望して諦めるのは、まだ早い。
「……?」
 ふと、アストの隣に立つ少女が、ひどく憐(あわ)れみを宿した瞳でこちらを見ているのに気付いた。一目見てヴェルトリア人であることはわかったが、
 ――どうしてヴェルトリア人が、こんなところにいるんだ?
 と、思わなくもない。
「それはそうと、アストさんよぉ……」
「なんだよ?」
「そっちの別嬪(べっぴん)さんがいったい誰なのか、そろそろ俺たちに紹介してくれてもいいんじゃねえか?」
 あえて話の矛先をずらしたのは、多少強引にでも気丈に振舞ってみせたかったからであるし、それ以上、自分の兄の話題を続けたくなかったからでもある。
「え……? あ、ああ」
 アストが少々困ったような顔をしながら、隣に立つ金髪の美少女を見遣った。

       †

「ルシェルさんのことを紹介しろだってさ。……どうする?」
 アストの話す言葉が、急にヴェルトリア語へ切り替わった。
 ただでさえ憎悪の対象になっているヴェルトリア人が急に現れたわけだから、村人たちが警戒しているのかもしれない。
 余計な誤解を与える前に、多少は自分のことを話しておいた方がよいのだろう。
 そう思ったルシェルは、困惑した表情でこちらを見ている少年に肯いてみせた。
「私は――」
 構いません、と口にしたつもりだった――が、急に目の前が眩んだ。意識が、薄れてゆく。
「ルシェルさん!?」
 アストの声は認識していた。前に倒れかかった自分の身体が、彼にしっかりと抱きとめられたことも。
 ごめんなさい、と言ったつもりだった。しかし、声は出ていない。アストの胸元だけが、目の前にある。
 起きなければ、という気持ちはあるのに、身体中から力が抜けていくのを止められなかった。
 やはり、この地に降り立ってから、身体の様子がおかしい。
 大地に、力を吸い取られてゆくような感覚がある。
 もはや、意識を保ち続けるのも困難だった。自分はこのまま……、気を……、失ってしまうのだろう……。
 でも……、ここなら……、安心できる――
 自分を抱きとめてくれる少年の腕を、とても力強いものに感じながら、ルシェルの意識は闇の中に埋もれていった。

       †

「…………?」
 東に、目を向けた。
 なぜか、その方角が気になったのだ。
「オルグめ……、危うく黄泉へ蜻蛉(とんぼ)返りするところだったか」
 察知した感覚を言葉にすれば、そういうことになる。それは、黄泉返ったばかりのグラードの英雄が、早くも敵と接触して敗走したことを意味していた。
 オルグが一敗地に塗(まみ)れるほどの力を持った敵となれば……、やはり、剣の娘か。
 おとなしく《命の環》に囚われておればよかったものを、悪運が強い。
 あの娘が神剣を手にしたばかりとはいえ、オルグが戦いを挑んだのは軽率だった。
 黄泉返りを果たしたばかりの身体では、まだ贄(にえ)となった人びとの魂が馴染んでおらず、本来の実力の半分も出せないはずなのだ。
 怪力だけが取り得のような男であるから、思慮深さなどというものは初めから期待していなかったが……。
 彼のおかげで、三百年に及ぶ忍耐と労苦が、一瞬で水泡に帰してしまうところだったのである。七英の一人が欠けたところですべてがご破算になるわけではないが、予定に幾分かの狂いが生じてしまう。
「七英どもの力は認めるが、この高慢さだけは度し難い。私を道化にする気か」
 界瘴の勢力が最も強まる今宵この時を迎えるために、自分がどれだけの苦渋を味わってきたか、彼らに思い知らせてやりたいところだ。憤怒の焔に身を焦がし続けた日々を思い起こせば、いつも肚(はら)の古傷が疼きそうになる。
 まあいい。
 これは、オルグ一人の問題ではないだろう。
 かつては天下(てんが)の七英と謳われた猛者たちであろうと、剣の聖女一人の前に敗れ去った事実は、各々に思い出させてやらなければならない。
 己の力を過信すれば、当代の聖女にも足下をすくわれることになるだろう。
 それは、自分自身への戒めでもある。
 七英が祀られている各地には咒界(じゅかい)を張り巡らせておいたというのに、やはり、剣に秘められた力は侮れぬということか。
 あるいは、何者かが助力したのか?
 娘を追っていった神遣(みつか)いが手を貸した可能性もあるが、今はそれについて考えたところで埒が明かない。
 オルグが敗滅までは至らなかったことを幸いと捉えるなら、《黄泉反し》の首尾は上々と言えた。上空の界瘴は勢力を拡大し続けているし、各地で黄泉返りを果たした七英たちは、数日中に帝都へ集結するだろう。
 ただ、一人を除いては――
 広間の中央へ向き直った。宵闇の色に染まったドレスが翻る。
 彼女――レニヤの眼前には、界瘴に覆い尽くされた《剣の間》があった。
 光など一片も存在せぬ完全な闇の只中であっても、彼女の眼は、壁や床に張り付いて蠕動(ぜんどう)を繰り返している界瘴の様子を、はっきりと見ることができる。着床は、順調に進んでいた。
 界瘴を寄せ付けずに毅然と立ち続けている三女神の像が癪に障るが、神剣が納められていた台座を含め、剣の間は濃密な闇に制圧されつつある。台座を包み込んだ界瘴が、巨大な球体を形成しているのを見て、レニヤは満足げな笑みを浮かべた。
 黒い繭玉が、まるでここの主であるかのような威厳を漂わせて、剣の間に鎮座している。その頭頂部からは管のように界瘴が伸びており、上方の天窓と繭玉とを連結していた。
 三女神の宮。魂の座。天地を繋ぐ回廊。
 この三つは、手中に収めた。
 あとは、《卵》だけだ。
 剣の間の封印を解けるのが、ルシエラの血を受け継ぐ娘だけである以上、あれが娘の手に渡る事態は想定していた。界瘴を《命の環》へ喰い込ませて《卵》だけを回収することもできたが、グラード地方へ落下したというのなら、別のやりようがある。
 やはり、ルシエラの血脈は、ここで断ち切っておかなければならない。
 あの娘を始末できたところで、私たちには戦わなければならない敵が、多すぎるのだから――
 繭玉に手を触れ、そっと表面を撫でる。生物的な滑(ぬめ)りを持った感触が、肌に心地よく感じた。
「待ってなさい……。あなたが一番欲しがっているものを、もうすぐそこに挿(い)れてあげるから……」
 繭玉への愛撫を続けながら、レニヤがそっと囁く。
「フフフフフッ――」
 そして、笑った。界瘴の胎内と化した剣の間に、魔女の笑声が不気味に響き渡る。
 その声はどこか艶めかしく、恍惚とした女の色を孕んでいた。

 新生暦一○八六年。八の月、三十の日未明――
 ヴェルトリア帝国史上最悪の一夜は、魔女の艶笑(えんしょう)とともに終わりを迎えたのである。



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