【第四章】昏き影、嗤う魔女、集う光
第四十二話 紫紺の魔女は嫣然と微笑む

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 同じころ、付近を移動中だったアストたちも、化け物たちが黒い焔に包まれてゆく様子を目撃していた。
「トカゲが燃えてる!?」
『ふむ。この妙な曼荼羅(まんだら)模様の仕業でござろうな』
 アヤノが、地上や空中の至るところに拡がっている紋様の一部に手を触れて掻き消したが、化け物たちの身に現れた異変がそれで収まることはなかった。
「これが原因なのか? 変な文字みたいなのが、急に出てきたけど」
 この奇妙な文字か、紋様みたいなものは、どこかで目にした覚えがあると思った。
 御神火台の下から巨大な石塔が出現した時も、これに似たような紋様がアストの周囲に拡がっていたはずだ。
「これも魔法ってやつなの?」
「恐らく……。なにが起きても反応できるように、警戒を怠らないでください」
 剣の柄に手を添えたルシェルが、注意深く四方に視線を廻(めぐ)らせていた。
「アヤノさんは、これ、読める?」
 アストは声を小さく絞りながら、頭の上にいるアヤノへ尋ねてみた。
『いや、この妙ちくりんな落書きがなにを意味するものかは、とんとわからぬな』
「これの意味がわかれば、なにを起こそうとしている魔法なのかわかると思うんだけどな」
「来るぞ! よそ見をするな!」
「え?」
 母に怒鳴られて上空へ目を向けると、化け物たちを包んだ黒い火の玉が、一斉に地上へ降り注いでくる光景が見えた。
「こういう魔法なのか!?」
「退避するぞ!」
 アストたちは火の玉の落下地点から逃れるように後退したが、落ちてきた火の玉は地面にぶつかることなく針路を変えて、三人を追ってきた。
「追ってくる!? もっと逃げろ!」
『ちと待ちなされ』
 アヤノが髪を引っ張った。同時に、身体がくるっと反転する。
 足が、火の玉へ向かって勝手に走り始めていた。
「なんだよ!? このまま火にぶつかれっていうのか!?」
『目前の困難から、すぐに背を向けて逃げ出すのは感心せぬな。アストどのは、なんの為にその刀を手にしたのでござるか』
「こんなときに説教はやめてくれよ! 刀は斬るためにあるもんだろ!?」
『では、刀で斬るのはなぜゆえにござるか』
「そんなの!」
 わからないよ、と叫び返しそうになり、一旦口を噤(つぐ)んだ。
「敵がいるからじゃないのか!?」
 そうだ。
 刀を手にしたのは、敵を斬るためだ。
 戦士オルグのような男を倒すために、武器が必要だった。
 あんな恐ろしく強大な敵を相手にしなければならないのに、自分という存在はあまりにも卑小で、弱すぎる。
 だから、力が欲しい。
 強くなりたい――
『それは答えとして不十分でござるな』
「どうしてだよ!」
 なにが足りないというのだろう。
 自分の行く手を遮るもの、障碍(しょうがい)となるものを切り伏せ、命を奪う。
 刀を振るうのに、それ以上の意味なんてあるのだろうか?
 所詮は、人殺しの道具なのだ。
 アヤノが言わんとしていることはわからなかったが、これ以上彼女にかまっている暇はない。
 目の前に、黒い火の玉が迫っていた。
 刀の柄に手をかける。
 行く手を遮るというのなら、この火も、敵だ。
 サクラメの優美な刀身が鞘走り、青白い光芒が弧を描いた。
 二つに分かれた火の玉が、掻き消されるように虚空へ散る。 
『アストどのが刀を手にしたのは――』
 その声が聞こえたとき、
『道を拓(ひら)くためでござろう?』
 アストの行く手を遮るものは無くなっていた。
「道を、拓く?」
 烙印のように心に灼きついた語句を声にしてみたが、その意味はすんなりと理解できそうでありながら、雲を掴むような茫漠とした言葉にも思えた。
 道とは、なんだ?
 おれが進むべき道?
 おれが目指すべき針路のこと?
 この刀が、それを切り拓いてくれるとでもいうのか?
 胸の裡に呟きながら、刀を鞘に納める。
 薄闇がかった頭の中に、一筋の光が射し込んできたような感触を覚えた一方で、その光が自分になにをもたらそうとしているのかはわからなかった。
「なんなんだ、こいつらは!」
 内的な思考に沈みかけた意識が、母の声によって呼び戻された。
 アストがやってみせたように、黒い火の玉を各個に切り伏せた母とルシェルが追いついてくる。
「急ぎましょう。これがレニヤの魔法なら、もっと恐ろしいことが起きるかもしれません」
 ルシェルの言葉に肯いた直後、訝(いぶか)るような母の眼差しが自分と彼女の双方へ向けられていることに気づいた。
「どうやらお前たちは、私の知らないことを知っているようだな。この村を襲っている連中に心当たりでもあるのか?」
「いや、なにも知らないよ」
 嘘をついている訳ではなかったが、声が不自然に硬くなってしまったのを自覚した。
「それなら、魔法というのはなんのことだ? ルシェルさんは誰かの名前を口走っていたようだが」
「それは……」
「レニヤというのは、帝都を襲った魔女の名前です」
 アストは返事に詰まったが、ルシェルがその先を引き継いで答えてくれた。
「魔女だと? そんなやつがいるのか?」
「はい。私は、魔女の魔法によってこの地へ飛ばされてきました」
 それを話しても大丈夫なのかと思ってルシェルの顔を見たが、こちらを見つめ返した空色の瞳は、心配しないでほしいと暗に告げていた。
 彼女が、この地で忌み嫌われているイゼレバの末裔であると知られたとき、母がどのような反応をするのかはわからない。
 ルシェルのことを、人外の化け物であると判断して切りかかるような真似はしないと思いたいが、いざというときは、自分が彼女を守るだけだ。
 そう心に決めているものの、どうすれば、ルシェルがこの地に災いを齎(もたら)すために現れたのではない、と証明できるのだろう?
 うまく説明しようにも、彼女が抱える事情について、全くといっていいほど自分は知らない。
 詮索したいという気持ちは山ほどあった。でも、彼女が自分から話す機会を待って、あまり深くは訊かずにいたのだ。
 彼女のすべてを知りたい。それは衝動に近い欲求であったが、彼女の心に深く立ち入ろうとして拒絶されてしまったら……、と考えるのは怖いことだった。
 アストには想像もつかない宿運を背負った少女なのだ。そこに触れようとすることで、自分に向けられる優しげな微笑みが二度と見られなくなってしまうのは、避けたかった。
「――じゃあ、その魔女とやらが化け物たちをけしかけて、村を襲わせているのか?」
「この異変が、魔女の仕業だと決まったわけではありません。ですが、沖合いの方で、強大な魔力を操る何者かが魔物の群れと戦っているのを見ました」
 ルシェルの視線がこちらへ注がれるのに気づいたアストは、彼女の発言を保証するつもりで首肯を返した。
「妙だな。何者かはわからんが、そいつとあの蜥蜴どもは敵同士ということになるのか? やつらの目的はなんだ?」
「そこまではわかりません」
 そう答えたルシェルの手が、首飾りのように提げている宝珠をぎゅっと握り締めるのが目についた。
「まさか――」
 呟きかけた彼女が、そのまま言葉を続けるべきかどうか躊躇うような表情を見せたときのことだ。
「うわあああああっ!?」
 火の見櫓や納屋が建ち並ぶ一画から、悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ!?」
 全身を奔る、えも言われぬ肌寒さに肩を震わせたアストは、即座に声がやってきた方角へ駆け出した。
「今の声は――、ユータか!?」
 口にしてから、間違いないと確信した。
 さっきの黒い火の玉に襲われているのか?
 不覚だった。
 それほど離れていないところに友人がいたのに、少しも気づけなかった自分の鈍感さを呪わしく思う。
 ユータがいるということは、オレスも一緒にいる可能性が高いはずだ。
 胸底に燻(くすぶ)る焦燥を後悔へと変えぬために、アストは走り続けた。
 火の見櫓と番屋の脇を駆け抜け、二階建ての納屋の裏手に回る。そこに、ユータがいた。
 巨大な犬の口に、身体のほとんどを呑み込まれた姿で。
「ユータ!?」
 アスト――と、応じかけた友人の顔が、瞬時に閉じた歯列の向こうに消えた。
「なんだ、この犬は?」
 なにが起きたのか、頭が理解するのを拒否した。
 アストの両眼に、黒犬の頭部が映じている。
 頭部だけが異常に巨大化した黒犬。
「こいつ!」
 アストは刀を構えた。
 この犬の姿には、見覚えがある。
 石塔の近くで電光の檻に閉じ込められていた、怪しげな魔女と少年の二人組が連れていた犬だ。あの時は仔犬だと思ったが、身体の大きさを自在に変える力でも持っていたのか……?
 しかし、そんなことはどうでもいい。
 こいつは、友人を喰った。
 すぐに腹を切り開いて助け出せば、まだ間に合うだろうか?
 そう思考したときには、アストの足は地を蹴っていた。頭部を元の大きさに縮めた黒犬が、後ろへ飛び退る。
「待って! 違うんだ!」
 その背後で、黒衣に身を包んだ少年が叫んでいた。あの魔女も隣にいる。少年の方は怪我を負っているのか、魔女に肩を支えてもらわないと立っていられないようだった。だが、そんな姿を見せられたところで、少しも同情してやるつもりにはなれない。
「なにが違うんだ! お前ら、やっぱり悪いやつらだったんだな!」
 やはり、この二人を助けたのは間違いだったのだ。
『アストどの! 待ちなされ!』
 アヤノが髪を引っ張ってきた。
「邪魔するなよ! ユータが喰われたのは、アヤノさんのせいだぞ!」
『それは誤解にござる!』
「なにが誤解だよ!」
 アストの言葉に動揺したのか、アヤノからの支配力が弱まったのがわかった。
 でも、自分が八つ当たりをしたわけではないと思う。
 彼女があの二人を助けようと言い出さなければ、ユータが犬に喰われることはなかったはずだ。
『怒りは目を曇らせると、先ほど学んだばかりではござらぬか!』
「そんなの学んだところで、友達を助けられなかったら意味ないだろ!」
 頭からアヤノを引き剥がして、遠くへ思い切り投げ捨ててやりたい衝動に駆られる。
 その直後、横合いから飛び出してきた黒い塊が、アストの身体を衝き飛ばした。
「うわっ!?」
 視界が何度も回転し、納屋の壁板に背中を打ちつけたところで止まった。
 犬が、もう一匹いたのか?
 違う。
 煤のようにくすんだ色をした人の顔が、目の前にあった。
「オレスか!?」
 そこにある煤色(すすいろ)の顔が、よく見知った友人のものであると認識したアストは、驚きと動揺の入り混じった声でその名を呼んだ。
 しかし、友人は応えない。
 アストの首にかけた両手に渾身の力を篭めて、締め上げてくる。
「ぐ……っ!? やめろって……!」
 首にかけられた両手を外そうと試みたが、オレスの力は信じられないほどに強くて少しも動かない。
「アストさん!? いまお助けします!」
 後を追って駆けつけたルシェルが、アストに覆い被さったオレスの背に向けて剣を構えた。
「斬らないでくれ……! こいつは……! おれの、友達なんだ……!」
 圧迫を受けて潰れそうになった喉から、どうにか制止の声を絞り出したが、このままでは友人の手によって絞め殺される未来が待っているだけだ。
「違う」
 ぽつりと、オレスの口元から声が漏れてきた。
 彼の声だとわかるのに、いつもとはなにかが違う異質な声。
 いま目の前にいるのはオレスであって、オレスじゃない。
 煤のように黒ずんだ顔といい、血光を放つ眼の色といい、まるで――
 悪魔のようだ、と結びかけた自分の思考を必死に打ち消した。
 オレスが悪魔になるわけがない。
 しかし彼が、どうしてこのような姿になってしまったのか想像することができなかった。
 これも、村中に拡がった魔法の影響なのだろうか?
「お前は、友達なんかじゃない」
 一瞬、なにを言われているのか理解できなかった。
 おれが、友達じゃないって――
 そう言ったのか?
「お前は、俺を裏切った。絶対に、赦さない」
 なにを、言ってるんだ?
 自分が、いつ友人を裏切ったというのだろうか。
 しかし耳に届いたのは、紛れもない怨嗟の言葉。
「とにかく、落ち着けって!」
 時間の経過とともに強まる窒息の苦しさに耐えかねたアストは、靴底でオレスの腹を蹴り上げた。
 ようやく離れた友人に、一体どうしたんだ、と問いかけようとしたが、不意にこみ上げてきた咳に喉を塞がれてしまったため、ろくに言葉が継げない。
「お前は、兄貴を見殺しにしたのを、俺に隠していた」
 その言葉に、脳髄が凍り付いてしまいそうになるほどの戦慄を覚えた。あの日の記憶、あの時の光景が脳裡に蘇る。
 ――おれが、オルグさんを見殺しにしたって言うのか?
「違う!」と叫び返したい自己弁護の念と、「そうかもしれない」と認める自責の念が胸中に拮抗して、どちらの言葉も口にすることはできなかった。
 友人へなにも言い返せぬまま茫然と立ち尽くす。
 時間にして二、三秒。その僅かな空白の間に、正面にいたオレスの姿が消えていたことに、アストは気づかなかった。
「アストさんっ!?」
 ルシェルの声で我に返ったときには、背後に回りこんだオレスの腕が、がっちりと喉元に喰い込んでいた。
「死ねよ」
 友人のものとは思えぬ恐ろしい響きを伴った声がアストの耳朶を打った瞬間、目の前が暗紅色に染まった。
「うああああっ!?」
 真っ暗で、仄かに紅い焔。
 肉を焦がすような灼熱と、血まで凍て付くような極寒が、交互に、あるいは同時にアストの全身を襲った。
 これは、友人の身体から生み出された、憤怒の焔なのか。
 アストを灼き尽くそうとする赤黒い焔には、怒りだけではない別の感情も孕まれているように感じたが、その正体について思考を廻らせている余裕などなかった。
 オレスの兄について黙っていたことを、これほどまでに怨み、憎悪していたのだろうか?
 おれを殺してやりたいと思うほどに?
『アストどの! 気をしかと持ちなされ!』
 アヤノの声が耳に届くのと同時に、身体がひとりでに動き出していた。
 オレスの腕を掴みながら僅かに重心を落とし、踏ん張った両足にかかる大地からの反発へ乗せるように腰を跳ね上げる。さしたる抵抗を感じることなく背負われたオレスの身体が、次の瞬間には背中から地面に叩きつけられていた。
 そのまま後方へ、二、三歩退く。 
 とっくに灼け爛(ただ)れていると思えた身体は、なぜか無事だった。
「アヤノさんがやったのか?」
『いや、拙者がしたのはこれだけでござるな』
 目の前を、透き通るような紗幕が流れてゆくのがわかった。
 アヤノの羽衣だ。
 アストを焔から守るために、全身を羽衣で包んでくれたらしいと知れた。
 しかし――
「それなら、おれがやったのか?」
 信じられない、という思いで地に倒れ臥したオレスの姿を見下ろした。
 友人を傷つけるつもりはなかったのに、身体が勝手に動いてしまったのだ。
「だから、お前はむかつくんだよ」
 しばし大の字で寝ていたオレスが、ゆっくりと身体を起こし始めた。
「オレス! もうやめろって!」
「この人殺しめ。本性を、顕しやがったな」
 その言葉を聞いてから、アストは自分が刀の柄に手をかけていることに気づいた。
 ――なにをやってるんだ、おれは?
 ――友人を、斬ろうとしているのか?
 蜥蜴の化け物たちを斬り殺したのと同じように、オレスも斬ってしまうのか?
 そんなことをしたら、本当に人殺しになってしまうじゃないか!?
 ――違う! おれは、人殺しじゃない!
 自らの思考に慄然としたアストは、身体を強張らせたまま身じろぎひとつできなくなってしまった。
 ――どうする……? どうする……?
 なにか打開策はないか考えようとしても、極度の緊張で凝り固まった頭ではなにも思いつけそうになかった。
「お前は、俺がこの手で殺してやる!」
 両の眼に確たる殺意の焔を滾らせた友人が、地を蹴った。
「オレス!」
 叫んだアストは、虚空に飛び上がった友人の影を見上げたまま、棒立ちとなった。
 次の瞬間、
「ぐあああああっ!?」
 オレスの身体が青白い閃電に包まれた。喉奥から絶叫を迸らせた友人の身体が地面に落下する。
「なんだ!?」
「全く、危なっかしくて見てらんないのよね」
 先ほどから黙って状況を静観していた魔女が、独り言のように呟いていた。その両腕には奇異な紋様を描く霊気の被膜が纏われており、一つだけ立てられた右手の人差し指からは、微かに火花が飛び散っている。
「お前、なにをやったんだ!」
「助けてあげたんだから、牙を剥こうとするのはやめてくれないかしら?」
「おれの友達が死んだらどうしてくれるんだよ!」
「手加減すればいいんでしょ?」
 アストの抗議を平然と受け流した魔女が、戯(ざ)れるような風情で指を鳴らした。起き上がりかけたオレスの足下で、地面が崩れるように沈降を始める。
 細かい粒子状になった土砂が蟻地獄の巣のようにオレスの手足を滑らせ、彼を大地に生まれた竪穴の中心へと引き込んでゆく。彼がどんなに手足をもがいても、その竪穴から這い上がることはできなかった。
「じっとしてても頭の深さまでは埋まらないように調整してるんだけど、聞く耳を持ってなさそうだから、しばらく放って置きましょ」
 さばけた口ぶりで言った魔女は、隣の少年の様子を気にしながらこちらへ向き直った。
「お前たちは何者なんだ? いや、その前にユータを返せよ!」
「そんなに怒鳴らなくたって返してあげるわよ。こっちとしては、襲われていたのを助けてあげただけなんだから。――エリウス、さっきの子を出してあげて」
「いいけど、《犬小屋(ハウス)》にしちゃってみんなを乗せたほうがいいんじゃない?」
「それもそうね。とりあえず、落ち着いて一休みできる場所が欲しいわ」
「じゃあ、決まりだね。――ジェド、《犬小屋(ハウス)》!」
 エリウスと呼ばれた少年が命じると、黒犬の身体が見る見る膨らんでいき、ちょっとした山小屋くらいの大きさと形に変わった。……いや、山小屋に、犬の頭と短い足や尾が生えたものに変わった、と言った方が正しいだろうか。
 村で飼われている犬たちの中にも様々な芸をするものがいるが、自分自身が犬小屋になる犬というのはさすがにいない。
 その珍妙な《犬小屋》の側面に、窓のような小さな穴が開き、
「アスト!」
 中からユータが顔を覗かせた。
「ユータ!? 無事なのか!? 頭だけになったりしてないだろうな!」
「ちゃんと全部あるよ!」
「ならいい!」
 ユータの左頬に痣(あざ)ができているのが気になったが、元気そうな彼の姿を確認して、少しだけ安心した。
「オレスはどうしたの?」
「あいつは――」
「まだ暴れ足りないみたいだから運動してもらってるとこよ。元に戻す方法はこれから考えてあげるから、ひとまず全員中に入って」
「待ってくれ。まだお前たちを信用したわけじゃない」
 横合いから口を挟んできた魔女が勝手に話を進めようとするので、アストは牽制するつもりで返事をした。
「別に信用してくれって頼んでるわけじゃないのよ。だったら、すぐにお友達を引き取って貰って、ここでお別れね」
「じゃあ、オレスはどうなるんだよ?」
「そんなの知らないわよ。だって、あたしたちのことは信用する気がないんでしょ? こっちから協力を申し出ても、変に疑われちゃうんだったら、やりにくくてしょうがないじゃない」
「信用したら、協力してくれるのか?」
「それはこれからのお話次第ね。こっちだって、あなたたちのことがよくわからないんだから」
「そりゃそうだろうけどさ」
 魔女の言い分は理解できたアストだが、自分にすべての決定権があるわけではないことを思い出して、ルシェルや母の顔を見遣った。
「話をしたいって言われたんだけど、どうする?」
「私は構いませんが……、マナミさんの安否が気がかりです」
「そうだけど、魔女ならオレスを元に戻す方法を知ってるかもしれないし」
 だがルシェルの言うとおり、マナミのことを放って置くわけにはいかないので判断が揺らぎそうになる。
 この二人組はユータを助けてくれたみたいだから、その一事を以って信用に値する、と断じてもよさそうな気はするが――
 なにより、親友をこのままにしてはおけない。
「人探しなら、これで移動しながらできるわよ」
 また魔女が口を挟んできた。
「信用するぞ」
「していいわよ」
 魔女の微笑を、善意と悪意のどちらに解釈するべきか、アストにはわかりかねた。



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