暁光の間には重苦しい沈黙が垂れ込めていた。
暁光の間とは、ヴェルトリア城の東門を見下ろす位置にある会議用の広間である。
国政の中でも特に重要と思われる議題を扱うとき、歴代の皇帝たちはこの部屋に重臣や諸将を召し集め、国家の大事のために忌憚のない意見や提案を求めたという。
暁光の間という名前は、どんな宵闇もいずれは陽が昇って払われるように、解決の糸口が見つからぬ難題に直面しても、必ず良案が浮かび国難の憂いが払われることを願って付けられたものである。
ロゼウス公国が北方に策定された両国間の国境を破り、ヴェルトリア領内に攻め入ってきたという報告を受けたのは一月ほど前のことだ。
騎兵を中心としたロゼウスの軍勢の足並みは早く、かつて彼らの所領であった南ロゼウス地方を征圧し、今はエウデビオ山脈を目前にしたところで進軍を停止している。
そこは以前の国境線でもあるわけだが、如何に馬の脚が速くとも、天を衝くばかりに立ちはだかるエウデビオの山越えは厳しく、ロゼウス軍が進軍ルートの選定に苦慮している間にもヴェルトリア軍が態勢を整え、両軍が山を挟んで睨み合ったまま戦況は膠着していた。
これは帝国にとって運が良かったことだと言える。
何しろ、北方の守備を任されていたはずの諸侯はロゼウスの不意打ちに泡を食い、ろくに迎え撃つことも叶わぬまま各個に打ち破られて次々に敗走し、確たる抵抗もないまま所領をみすみすと敵国に明け渡してしまっていたからだ。
仮に、エウデビオの山越えが順調に行われていればヴェルトリアの首都であるヴェルハイムはもはや目前である。
不甲斐ない諸侯の戦いぶりにヴェルトリア帝国皇帝オルデニウスは激怒した。
宰相らの取り成しもあって、おめおめと逃げ延びてきた諸侯を斬り捨てることだけは赦したが、今一度の機会と兵を与え防衛線の死守を厳命し、次に敗れたときはその死を持って敗戦の責を負うことを誓わせたのである。
一方、宣戦布告のないままに侵攻を開始したロゼウス公国に対しては、開戦から一週間遅れてやって来た使者の首を刎ね飛ばし、その首をロゼウス公アレクセイ・ベルバトスへ向けて送り返したという。
そして、帝国全土には非常事態宣言を発し、緊急招集によって寄せ集めた大軍を持ってロゼウスの侵攻に睨みを利かせているのだった。
こうして時間稼ぎをする一方で、諸臣諸将を暁光の間に呼び出し、善後策を模索しているのが現在の状況である。
オルデニウスは苛立っていた。
一昔前の彼であれば、誰の意見に耳を傾けるまでもなくロゼウスへの報復を決め、反対の有無に関わらず実力行使に移っていたであろう。
だが、オルデニウスが強権を発動することはなかった。
ここにきて自らの独裁を改めたわけではない。
自国の置かれた状況が、それを許さなかったのだ。
かつては百万の軍勢を苦もなく編成できたヴェルトリアが、今は十万の兵士を集めることに難儀していた。
国内各地の領主たちに危急存亡の窮状を訴え、領内の戦力を纏めて応援に駆けつけるよう檄文を発したが、それに呼応したものは少なく、重病や財政難、自領の死守に専念する、などの理由をつけて援軍の派遣を保留するものが多かったのだ。
求心力が落ちている。
それはオルデニウスも認めざるを得なかった。
彼らは今の皇帝に、自分たちを敵に回すほどの力も余裕もないことを知った上で援軍を出し渋っているのだ。
舐められているのである。
彼らはまず様子見に徹し、ヴェルトリアの旗色が良くなれば申し訳程度の軍勢を派遣し、逆に、ヴェルトリアにロゼウスを押し返すだけの力がないと見れば旗を翻し、敵軍と共に都に攻め入ってくる腹積もりなのであろう。
仮に帝国が敗れるまで動かずにいたとしても、ロゼウスに自領をそっくり差し出すことで領主の身の安全を保障してもらうための取引材料にすることはできるかもしれない。
もとより、オルデニウスは自分が人気のある皇帝でないことは知っていた。
従うものは皆、自分が持つ絶対的な権力に脅えて従順な振りを装っているだけに過ぎないのだ。
その力が衰えたと見るや、より力のある方、より自分にとって有益な方に靡くものが続出するのは想像に難くない。
俗人にもそれくらいの打算が働くことは理解できる。
それ故に腹立たしさが倍増するのだ。
誰であろうと、この地上の覇者たるヴェルトリア帝国皇帝を軽んじるものは許さない。
今まさに、オルデニウスの腸(はらわた)は煮えくり返っていた。
『先ずは目下最大の敵であるロゼウスを叩きのめす』
『援軍を出し渋った領主どもの処分はその後に考える』
『せいぜい良い棺桶と墓を用意しておくがいい』
それらの言葉がオルデニウスの腹の奥底で憤怒の激流と入り混じって渦巻いていた。
いずれにしても、帝国内外に大量の血が流れることは不可避となりつつあったのである。
しかし、その前に乗り越えなければならない問題があった。
「……やはり」
長い沈黙を破り、財務大臣ボドレール・トゥサンが口を開いた。
「三十万の遠征軍を組織するというのは財政面から見ても大変厳しいように思われます」
白髪を後ろに撫で付けるようにした総髪の大臣が、小さな眼球を遠慮がちに上座の皇帝陛下へと向け、やや弛んだ頬を震わせるようにして意見を述べた。
「厳しいのは承知している。可能か不可能かを答えよと申しているのだ」
オルデニウスがボドレールのカエルのような目を睨み返して強い口調で尋ねた。
「国庫の内情について申し上げますが、蓄財も乏しく大変に困窮を極めております。そこへこのような大軍を編成しての軍事行動を維持するための財政出動が行われると、我が国の国家財政に危機的な破綻をきたす恐れがあります」
「できぬと申すのだな?」
「財政を預かる立場の人間としては、そうとしかお答えできませぬ」
「今は金の危機より国家そのものの危機だ。貯えが無いというのであれば下々から金を集めればいいだろう」
「これ以上の増税を課せと仰せになるのですか?」
「一時的にだ。ロゼウスを打ち破った暁には簒奪した富を庶民に分け与えてやればよい」
無茶な論理であったが、あえてボドレールは反論の口を開かなかった。
なまなかな諫言は皇帝の怒りを買うだけだったからである。
「しかし」
今度は内務大臣ナザン・ダクインが口ひげを揺らしながらボドレールに代わって言葉を継いだ。
「折からの国政への不満が堆積し、重度の倹約を強いられる国民の忍耐も限界に近いものと思われます。これ以上国民に負担を強いては暴動が起きますぞ?」
「その件については、民を惑わし、国家の転覆を目論む不届きな扇動者が出ぬように政治犯の取締りを強化すればよい」
「ですが、このところ陳情のために城まで押しかけてくる国民の数は加速度的に増加し、衆目の前で公然と国政への批判を声高に叫ぶものも増えてまいりました。特に誰と言わずとも、たった一つの石つぶてが投げられることによって付和雷同するものたちが現れ、それが暴動へと発展する恐れは拭い去れません。ですから――」
「お前はロゼウスの放つ弓矢と、民の投げる石ころと、どちらが帝国にとって脅威であると考えているのだ!」
「…………」
怒気を込めて声を荒げたオルデニウスを前に、ナザンは弁論の口を噤むことを余儀なくされた。
「もうよい。宰相はどのように考えている」
オルデニウスは自分の左手に列した文官の内、もっとも自らの席に近い小柄な老臣に意見を求めた。
「……恐れながら申し上げますが、此度の戦は失われた所領を回復する以上のことは望まぬ方が善しと見ております」
代々が皇帝家に仕えてきた譜代の臣下であるイセドア・エモニエは、長い白眉の下からオルデニウスの表情を窺うようにして答弁していた。
「なぜだ?」
「民は止むことのない戦乱に疲れ切っております。自分たちの身に降りかかった火の粉を払い落とすのみにあらば民の理解と支持も得られ、骨身を削る協力も惜しまぬものと思われますが、その一線を越え、ロゼウスを打ち滅ぼさんがために更に兵を進めるようであれば、従うものと従わぬものの二つに割れ、国内を二分する恐れがあることを臣は危ぶんでいるのでございます」
「その戦乱を無くすために余は軍を起こさんとしているのだぞ? 今ここでロゼウスを討たずして、やつらが再び力を貯え攻め寄せてこないとどうして言い切れるのだ!? 北にロゼウスがある限り我が国と我が民に安寧の訪れることはない!」
「しかしながら、一時の激情に駆られ、多くの民を燃え滾る戦火の只中に放り込むのは、後々に更なる災禍の火種となるやもしれませぬ……」
「ご老体は未来の火種を恐れる余り、今燃え盛っている火を消し止めずに放って置けと言うのか?」
「確かに小火は大火に至る前に消すべきです。……ですが、現在の我が国にはできることとできぬことがございます。今はロゼウスを我が国の領土から追い払い、多額の賠償金や、毎年の金銀による貢物を増やすよう彼らに約束させることで次の行動を起こす力を蓄えさせないというのが上策にございます。そして、その金銀を以って民に施し、善政を以って民を安んじることで国内の憂いを解消すれば、再びロゼウスを討つ力も蓄えられましょう。……今は、我慢のときにございます」
イセドアの弁舌は、その場にいた多くの文官たちの意見を代弁するものだった。
オルデニウスが妥協できる案があるとすれば、それしかなかっただろう。
だが、それでは納得しないという考えを持ったものも、この暁光の間にはいたのである。
「異議あり!」
オルデニウスの右手に列座する席の一角から声が上がった。
「先ほどからご老臣たちは陛下のご決断を鈍らせようと詭弁を弄して唆しているように見える!」
ヴェルトリア帝国軍の七大兵団のうちの一つ、重装歩兵団の団長、オグニオ・ドナーテであった。
「詭弁とは心外な!」
「宰相殿に無礼であろう!」
不躾なオグニオの物言いに文官席から反発の声が上がる。
「何が無礼か!」
文官たちが穏健な具申に終始することに耐えかねたオグニオはもともとの赤鬼のような顔を更に紅潮させながら反論の口火を開いた。
「ご高説は拝聴させていただいた。しかし、ロゼウス人は十年前の北征の際に一度は我々の前に跪き、命乞いをした連中だということを忘れたか! オルデニウス陛下が従属を条件に、格別の慈悲を持って公国としての存続を認めてやったから今のロゼウスがあるのだぞ? 奴らはその、一度は生命を助けてやったという恩を忘れて我が国へ牙を剥いてきた恥知らずな連中だ。そんな面の皮の厚い劣等民族に舐められておきながら、領土を取り返して金銀を支払わせたぐらいで済むと思っているのか! 我が国の誇りと名誉は深く傷つけられたのだぞ!」
熊のような体躯をしたオグニオが、まさに熊さながらの咆哮でもって剣幕を張るのは迫力があったが、文官たちもただ押し黙っているわけではなかった。
「誇りや名誉で民を安んじることはできぬ! これ以上民を苦しめ、若い働き手を奪っては貴公らが口にする肉汁の滴ったステーキもワインも無くなり、その腰につける偉そうな剣を設えるための税金も収められなくなることがわからんのか!」
「詭弁を弄すなと言っている!」
抗弁の口を開いた内務大臣ナザンを、オグニオはまなじりが裂けんばかりに目を見開いて睨み返した。
文官たちに真っ向から噛み付いたオグニオの奮戦を前にして今まで沈黙を保っていた各兵団の団長たちも一斉に声を上げ始める。
「皇国存亡の危機を前に多少の犠牲は覚悟せねばならん」
「これは聖戦なのだ! この聖戦に異議を唱えるものは皇国への愛国心や忠誠がないのか! それともロゼウスに取り入り自らの保身だけを考えるような売国の輩なのか! 陛下の御前にてはっきりとされよ!」
機動騎兵団団長ヒュゲス・プラット、重騎兵団団長ゴドイン・グストロフがオグニオの論に同調を示し、対面に居並ぶ文官たちへ敵意にも似た鋭い眼差しを向けた。
「国を売るなどとは申しておりません! ですが、状況を見てロゼウスに兵を退かせ、我が国に有利な形での和議を促すのも国益に適う選択肢の一つであると我々は申し上げているのです」
外務大臣ブノワ・アテグナンが売国奴と罵られたことに反論する。
「和議だと!?」
この答えに最も激怒した一人の将軍が机を叩き割らんばかりの勢いで殴りつけ、立ち上がった。
ヴェルハイム衛兵団団長ダヴィド・クレスハイトである。
「ロゼウスの野蛮な狂犬どもに多くの同胞が殺されたのだぞ! 立ち向かう力も無く病に伏せる老人が一刀の下に斬り捨てられ、若い女はことごとく嬲り者にされ、年の行かぬ子供たちは奴隷商人に売り飛ばされたと聞く。そのような畜生にも劣る蛮行を犯しながら悪びれもせず、恥もせぬような冷酷非道なる連中に和議など通ずると思うか!? 仮に通じたとしても私は許さぬ! 我らの愛すべき民がこのような仕打ちにあったと知って、尚、戦わぬなどという口を聞くものはヴェルトリア人、いや、血の通った人間ではない! 自らの血や汗を流すことを惜しみ、享楽と怠惰を貪り続けるうちに丸々と肥え太っただけの、ただの豚だ! 豚の戯言が国家の存亡や国民の生命を左右するなど笑止千万! これ以上詭弁を弄して徒に国論を乱そうと企む悪魔の手先どもなどにラルス神の慈悲も加護もいらん! このダヴィドがこの場にて全員斬り倒してくれるぞ!」
オグニオの顔が愛敬に見えるほどの本物の鬼の形相と怒声に圧され、反論を続けてきた文官たちもさすがに口を閉ざさざるを得なかった。
暁光の間には一切の武器となるものは持ち込めず、佩剣はしていなかったが、ダヴィドの顔色から、ここに剣があれば本当に文官たちに斬りかかることも躊躇はなかったであろうというほどの殺気が窺えた。
「ダヴィド殿」
鬼に睨まれた文官たちが圧倒的な威圧感を前に凍る中、静観の姿勢を崩していなかった帝国聖騎士団団長のエズラール・イヴェスがダヴィドに声をかけた。
「お気持ちは分かるが、ご老臣たちも我が国のためを考えて知恵をお貸しくださっている。ここはご自分と反対の意見があったとしても互いを尊重して、怒りに任せて暴力に訴え出るような真似はご自重いただきたい」
「なんだと! 貴公は真に騎士か!? 騎士ならば、なぜ弱きものが理不尽な暴力によって無残に蹴散らされるのを黙って見ていられる!? 我が国の聖騎士とは弱者の保護を怠るような腑抜けた輩のことを指すのか!」
「それは無論、弱きもの、力を持たぬもののために戦うのは我ら騎士の務めだ。だが、我々が剣を向けるべくはロゼウス公や彼に従う軍人たちであって、共に国のために力を尽くす同志たちではない。それとも貴公は陛下の御前を無用な血で汚すお心算か?」
切れ長の目でダヴィドを見据えたエズラールは鬼の形相にも臆することなく、諭すような口調で淡々と言葉を紡いだ。
「それは……! 本心で申したわけでは、ござらぬ……!」
陛下の御前、という言葉にダヴィドの勢いがやや殺がれた。
激昂するダヴィドに面と向かって涼しげに口を聞けるのはこのエズラールくらいのものだろう。
帝国に七つある主だった兵団のうち、特に武勇に優れ忠節の志が高く、優秀なもののみが選抜される聖騎士団の団長に若くして選ばれたエズラールは器量もよく、さすがに度胸が並みの人間とはかけ離れていた。
ここで、家臣たちの論争の様子を見守っていたオルデニウスが口を開く。
「もうよい。文武の別なく其方らは皆大事な余の家臣だ。ロゼウスという憎むべき敵を前にしていがみ合ってはならん。ダヴィド団長も怒りを鎮めてまずは席に落ち着かれよ」
「はっ、申し訳ございません」
ふむ、と頷いたオルデニウスはダヴィドの着席を待ってから言葉を継いだ。
「皆の意見はよく聞かせてもらった。まだ考えを述べ足りないものもいると思うが、敵が都の目前へ迫っている今、その余裕もあるまい。そろそろ結論を出そう」
左右の諸臣諸将を見回すように視線を巡らせたオルデニウスは皆が自分の発言に目と耳を傾けていることを確認しながら再び言葉を継ぐ。
「文武の臣、それぞれの意見を併せてもロゼウスを我が国の土地から追い出すというこことに異論はあるまい。ならば、南ロゼウス地方を奪還するための反攻は了承されたものとする。所領の奪還が済んだ後のことは、状況に応じて臨機に沙汰を下す。これで問題は無いな?」
「恐れながら、陛下」
財務大臣ボドレールが恐縮気味に手を挙げていた。
「よい、発言を許可する。申せ」
「はい、財源はどのように確保するお積りでしょうか?」
「ふむ、その問題があったな。民に今以上の税を以って取り立てるのはさすがに厳しかろう。……ならば、あぶく銭を溜め込んでいる商人や成金どもの資産課税を調整することで捻出はできるな? 彼らは今まで税制の面で優遇しすぎた」
「できぬとは申せませぬが、かなりの抵抗があるものと思われますが……」
「なんだ? お前は彼らから何か大層な賄賂でも貰っているのか?」
「い、いえ、滅相もございません」
「ならば今述べたように致せ」
「はっ、仰せの通りに……」
「さて、他に何かあるか?」
暁光の間にオルデニウスの声が響く。
その声は、苛立ちに満ちていた先ほどと違い、どこか自信に溢れているようにも聞こえた。
オルデニウスにとっては商人からの献金が減ることなど問題ではない。
賄賂などなくとも金を毟り取る手段はいくらでもあるのだ。
それよりも今は、ロゼウスと戦う軍を起こすための道筋がつけられることが何よりも重要だった。
「…………」
オルデニウスの問いかけに更なる意見の具申を訴え出るものはいなかった。
「では、以上をもって侵攻したロゼウス軍を駆逐するべく三十万の反攻軍を組織することを決定する。この危機を乗り越えるために文武の諸臣一体となって協力し合い、それぞれの役目を存分に果たされることを期待したい。……宰相、後はいいな?」
「ははっ、必ずや陛下の御心に適うよう取り計らいます」
「うむ」
「では、本日の御前会議は以上とする。臣下一同起立! 皇帝陛下に敬礼!」
宰相イセドアが会議の終結を声高に宣言し、暁光の間に詰め掛けた文武の臣下は皆起立し、オルデニウスに最敬礼を捧げる。
オルデニウスはその敬礼に手を挙げて応えると、満足気に暁光の間を後にした。
文官サイドの反発はあったものの、大まかには思惑通りに進んだといえる。
血の気の多い武官たちは愛国心に火が付くと暴走を始めるだろうということはわかっていた。
そうして一度軍を起こしてさえしまえば後のことはどうとにでもなるのだ。
どんな雄弁家を以ってしても動き出した軍隊を止めることなどできないことをオルデニウスは知っていたのである。
神誓暦八百七十四年十月七日、ヴェルトリア帝国はロゼウス公国との全面戦争に突入することを事実上決定した。
この日、暁光の間で出された結論が、果たして、圧政に苦しむ多くの国民にとって暁の曙光となり得たのか、今は誰にも分からなかった。