【第一章】闇冥に覆われし月夜の下に、剣の乙女は光を掲げる
第四話 神剣、闇を分かつ

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 剣の間の石扉を見た時と同じ畏れが身体の中に甦り、腕が震えた。自分の手にしているものが幻ではないことを祈るように、神剣を胸に抱き入れる。
 この剣のために、母は――、自分は――
 斎女の血筋は、生かされてきたのだ。
 でも、剣を守るために施された奇蹟的な仕掛けの数々を目にすれば、斎女として神剣を手にしたのは間違いではなかったはずだと思えてくる。
 ルシェルは、改めて神剣の姿を確かめた。幻などではない。金色(こんじき)の鞘に納まった神秘の剣が、そこにある。鞘に付けられた剣帯に至るまでもが、滑らかな光沢と瑞々しい輝きを秘めた優美な太刀姿には、思わず見惚(みと)れてしまいそうになるほどだ。見た目には黄金のような質感だが、自ら光を放ち続けている鞘がただの黄金でできているはずはない。言い伝えが正しければ、この剣は三女神の存在そのものなのだ。人の手の入る余地などない、まさに神の御業によってのみ為し得る至境の美しさだった。
 ただ一つ――
 鍔(つば)の中央に、不自然な空洞が開(あ)いているのが気になった。なにかの型のようにも見えるし、ここにあるはずのなにかが欠落したためにできた穴のようにも見える。
 さらによく見ると、空洞の淵を三分したところに、それぞれ小さな突起が設けられているのがわかった。一たび気にしてしまうと、なにか大事なものがここにあったのではないか、という不安が頭をもたげてくる。
 神剣が不完全な状態のまま封印されていたとは考えにくいが――
「ルシェル!?」
 セフィナの叫び声が、ルシェルを思考の泥沼から呼び戻した。
 ――敵だ。
 直感した次の瞬間には、背後から槍が繰り出されていた。目の端に捉えたのは、黒い影。咄嗟に穂先を鞘で跳ね上げた。影の顎先へ前蹴りを――突き刺す。宙に浮いた黒影と、翻る白衣(びゃくえ)。寸暇の静寂をはさんだ後、影が頭から落下する。やはり、あの黒装束の化け物だ。ルシェルたちを追って、ついにここまで辿り着いたのだろう。不自然な体勢で床上に倒れ臥した黒装束が、すぐさま跳ね飛ぶように起き上がってくる。その間にも、後続の黒装束たちが剣の間になだれ込んできていた。
「セフィナ様は台座の傍からお離れになられませんように」
「うん……」
 不安げな皇女の声を背中に受け止めながら、前へ進み出た。化け物たちを牽制するように睨みつける。数は、よくわからない。跳ね橋の上で戦ったときより多いのは確実だろう。城攻めに使われた黒装束たちが、すべてここに集められているのかもしれない。二、三歩踏み込めば剣が届くという辺りで、黒影の群れが前進を止めた。彼らが、そこを手ごろな間合いとして選んだようだ。ルシェルには、あまり関係のないことだった。初撃を切り結んだその瞬間から、乱戦になるのだ。
 身体の正面で把持した神剣の柄に手をかける。
 来るなら、いつでも剣を抜き放つ。
 だが……、もし、剣が不完全な状態であったとしたら……。
 いや、剣自体は完璧であったとしても――
 私は、ルシエラのように、戦えるのだろうか……?
 幼い頃から過酷な鍛錬を積まされてきたとはいえ、自分が、伝説の女剣士に比肩し得る剣の使い手だとは思っていない。そんな自惚れなど、どこにもなかった。
 心細げにこちらを見つめるセフィナの眼差しに気付いたのは、その時のことである。神剣の鞘が、鏡のように皇女の顔を映し出していたのだ。
 そうだ。
 自分には、戦うべき理由がある。
 剣の斎女だから、ではない。
 自分の生に光をもたらしてくれた、皇女のために。
 万が一、この剣が折れるようなことがあったとしても。
 ――私は、戦い続けてみせる。
 再び前進を始めた黒装束たちが攻撃の間合いに入らんとしたとき、ルシェルはついに神剣の鞘を払った。
「っ――!?」
 鮮烈な刃光。
 そこには、よく磨き抜かれた白金の剣身が、神々しいまでの輝きとともに収められていた。
 黒装束たちの前進が止まる。剣身から放たれる威光を、恐れたのか。
 ルシェルの瞳に、神剣と同じ光が、灯った。
 その直後。
 光が、身体の裡から溢れた。揺らめきながら立ち昇る、焔(ほむら)のごとき光。身体が、熱い。瞬時に燃え上がった蒼白き光焔が、ルシェルの腕を伝いながら神剣をも覆っていく。そして――
 灯が、入った。
 鍔の中央に開けられた空洞に、閃電が迸る。
 空洞の淵に設けられた三つの突起のうちの一つから、なにかが放出されているのが目についた。
 紋、だ。
 神剣に初めて手をかけたときに現れた紋様と同じ図像が突起から紡ぎ出され、それが渦を巻きながら光珠を形作っているのだと知れた。鍔内に光珠が生成されるとともに、力強い蒼光が神剣の血溝を満たしてゆく。剣身が、灼熱を始める。剣に欠けていたものが、満たされてゆくのだと思えた。これが神剣ヴェスティールの、本来の姿か。
 これなら――
 戦える。
 確信した。
 神剣の光に射すくめられていた黒装束たちが、ようやく縛を解かれたように動き始める。
 ルシェルは鞘を右手にしたまま、左手で抜き放った神剣を天に向って掲げた。
 天窓から降り注ぐ月光。煌く剣尖。そして――
 振り下ろす。
 唸る刃。宙を駆ける斬光。
 黒装束の頭頂から股下へ、一筋の光が奔り抜けていた。断ち割られた骸が、切断面から烈しい火花を噴き上げながら石床の上に崩れ落ちた。
 ……凄まじい。
 この剣の切れ味は、その一語に尽きた。ただ斬るのではない。灼き斬る。化け物一体を両断するのが、熱したナイフでケーキを切り分けるより容易く感じられた。
 しかし、その神異の切れ味に心酔している暇はない。神剣の鞘を素早く腰帯に差し入れる。二体の新手が肉薄していた。
 ルシェルは、無心。
 二体は、寸瞬違わず両断されていた。ほぼ同時に斬撃を浴びせていたのだ。こんな早業は、今までに一度たりともできたことがない。身体に光焔が宿った瞬間から不思議な力が漲ってきて、手足が綿毛のように軽くなった気がしていた。操剣が全く苦にならない。
 ルシェルは後続の敵に備えたが、黒装束たちの動きは再び止まっていた。神剣の威力に恐れをなしてくれたのならありがたいが、今のは剣の力を見極めるための小手調べだったのかもしれない。
 台座の側面と後方には広大な空間があったが、黒装束たちに、そこまで回り込もうとする動きは見られなかった。
 彼らは、三女神の神像を怖がって近づこうとしないのだろうか?
 台座を見守るように三方を囲む女神たちの像が、ただの石像であるとは思えなかった。現に、粛然と佇む三体の像からは、神的な力の気配を感じる。
 その直感を当てにするなら、正面から攻め込んでくる敵を倒すことにのみ専念すればよいことになる。跳ね橋の上で戦ったのと、同じ状況だと思えた。この剣の間まで追ってきたということは、彼らの狙いはルシェルが手にしている神剣なのだろう。注意を逸らせるために皇女を狙ってくることも考えられるが、まずルシェルを殺して神剣を奪うのが主たる目的のはずだ。敵の攻撃が自分に集中してくれるというのなら、それで構わない。剣の力を得た今なら、数で押し切られぬように戦うこともできるはず――
 そこまで思考を転がした直後、膠着を破って一体の黒装束が跳びかかってきた。その両脇からも、跳躍した黒装束が一体ずつ。斬光が、三度(みたび)閃いた。三つの影が、宙に浮いたまま静止する。だが、すぐに落下した。いずれも、再び起き上がってくる気配はない。
 それらが黒液の溜まりと化すのを見届ける間もなく、次の敵に備える。今度は五体。先行する二体の黒装束は得物を持たず、無手に見えた。――いや、違う。鼻先を、鈍い光跡が掠めた。鉤爪(かぎつめ)だ。攻撃を見切られた二体の敵は宙で身を翻すと、着地と同時に左右へ分かれた。挟撃するつもりか。案に違わず、左右へ回り込んだ二体が呼吸を合わせて襲いかかってくる。ルシェルは石床を蹴るように跳ね、後ろへ身を退(ひ)いた。神剣を振るったのは、一度。挟撃を透かされて接近した二つの影を、撫で切る。斬られた二体が、血煙代わりの火花を撒き散らしながら倒れていった。そこへ、後続の三体が迫る。
 その時ルシェルは、彼らの腕が突然変形し始めて、剣や槍の形状へと変わっていくのを目にした。どうやらこの化け物たちは、自分の身体を自在に変形させて様々な武器へと変えているようだ。そこまでを見る余裕が、ルシェルにはあった。
 剣を手にした左右の二体が、側面に回りこんでくる。さっきと同じだが、先に相手が跳ぶまで、こちらが動いてはならない。先ほどと同じ動きを繰り返させるように、敵が誘っていると思えた。槍を構えた正面の一体は、その場で静止したままだ。そこで、なにを待とうとしているのか。
 側面の二体が、さらに後方へ回り込む動きを見せた。これ以上は、背中を取られるわけにはいかない。後ろへ回りこまれると、皇女の身も危険になる。ルシェルが素早く後退しようとした、その時。
 目の前が、真っ暗になった。
 背筋に奔る戦慄。認識できたのは、黒い刃。流れ落ちる影。
 なにが起こった、と思考したときにはルシェルの足が石床を蹴っていた。反動が負荷となって両足にのしかかるのも構わずに、後退しかけていた身体を強引に前方へ投げ出す。硬質な衝撃音。直前まで自分がいたところに、なにかが落下してきたことだけはわかった。それも複数。だが、把握できたのはそこまでだ。
 回る視界。そして、槍。
 ルシェルは再び跳ねた。前方から放たれた槍の一撃が、床を撃つ。槍を構えたまま不動を決め込んでいた一体は、これを待っていたのか。警戒はしていたが、うまく誘導されてしまった。それも、まだ終わりではない。
 一時的に空中へ難を逃れても、着地点には槍先を揃えた一隊が控えていた。あとはそこへ落下するだけの自分に、避ける術などない。数瞬後に待ち受けているのは、死だ。殺到する無数の光と、串刺しになった自分。床中に飛び散る血の赤と、皇女の悲鳴。
 やはり、自分がルシエラのように戦うなど、無理なことだったのだ。
 ……お許しください、セフィナ様――
 ルシェルの思惟が死を覚悟した直後。
 白金の腕環が、強い光を放ち始めた。頭の中が、真っ白になる。
 神剣が、閃いていた。一斉に突き出された槍頭が、すべて断ち落とされる。
 ルシェルには覚えのないことだった。身体が勝手に動いているとしか、言いようがない。
 足が、宙を蹴る。なにもないはずのそこに、光の波紋が拡がった。眼下の黒装束たちが、遠ざかっていく。身体が、再び上昇しているようだった。
 突然、頭上が暗くなる。なにが起きているのかわからない。しかし、身体は動いていた。再び、宙を蹴る。拡がる波紋と、眼前を急降下していく三つの影。視界が、天井に向けられる。いくつかの黒装束が、そこに張り付いているのが見えた。頭上の死角を、うまく使われていたようだ。ルシェルは、ようやく自分の誤りを悟った。跳ね橋と同じ状況で戦えると思い込んでいたのは、間違いだったのだ。
 頭上と、足下から、黒装束たちが猛然と跳びかかってくる。だが、届かない。金色(こんじき)の束ね髪を靡かせながら、白衣の少女が宙を舞い踊る。神剣が閃くたびに、数では圧倒的に勝る黒装束たちが、触れることすら叶わずに散ってゆく。
 瞬く間に台座の近くへ達したルシェルは、セフィナへ襲いかかろうとしていた二体の黒装束を斬り倒した。身体は、まだ宙に浮いている。断続的に足下から拡がる光の波紋が、空中に留まることを可能にしているらしかった。そのまま黒装束たちへ向き直る。 
 今度は、一斉に短刀が投げ撃たれていた。片手一つで持たれた神剣が、風車のように回り始める。虚空に描き出されたのは、光の円盾(えんじゅん)。飛来する短刀が、光の盾に阻まれて尽(ことごと)く弾き返されていく。ルシェルはそれを流れるような手さばきで左右に持ち替え、数多に放たれる刃の嵐を完璧に防ぎきった。
 短刀の攻撃が止むと同時に、光の波紋を解いて台座の上に舞い降りる。そのまま、神剣を清眼よりやや低い位置に構えた。切っ尖は、天へ垂直に向けられている。相変わらず、自分がなにをしようとしているのかはわからない。意識ははっきりとあるが、身体を動かしているのは、自分の意識とは別のもののような気がするのだ。
 これは、自分の身体に流れる斎女の血筋がさせていることなのだろうか。
 あるいは、神剣の意思……?
 いつの間にか鍔に置かれていた右の掌が、切っ尖へ向うように剣身を撫でてゆく。撫でられた箇所から烈しい輝きが生じて、やがて剣身全体が光の刃へと変わった。光珠の輝きが、一段と強まる。
 ルシェルは神剣の切っ尖を地摺りに構え――
 一閃した。
 剣が、吼(ほ)える。
 迸る閃軌が、剣の間を縦断した。
 玉響(たまゆら)の静寂。
 剣の間に存在するすべてのものが、止まっているように見えた。
 しかし――、なにかおかしい。
 閃軌が奔り抜けた痕を境にして、ずれが生まれているのだ。その真上にいた黒装束たちの身体が、左と右で食い違っている。いや、食い違っているのは彼らだけではない。石床も、壁も、天井も。剣の間全体に、本来有り得べからず不一致が生じている。
 その不一致を生み出す原因となった閃軌の痕跡が、いまだ消えずに残っていた。それどころか、閃軌の痕跡は徐々に膨らみ始め、ルシェルの眼の前で、世界に裂孔が開いてゆく。そして――
 光が、爆ぜた。
 灼熱した大気が狂乱し、斎女の塔が激震する。
 剣の間を埋め尽くした烈光に黒装束の群れが呑みこまれ、瞬時に蒸散していった。
 太古の時代より、神々の力によって数多くの天変地異が引き起こされてきた――と神話には伝えられているが、それも肯ける。
 代々の斎女たちが生涯を懸けて守り続けてきた三女神の剣に、これほどの力が秘められていようとは……。
 今、黒装束の化け物たちを襲っているのは、有無を言わさぬ消滅。
 塵一つ残さぬ、完全な消滅だ。
 だが、神剣を振るったルシェル自身も、光とともに膨れ上がった爆風に耐えなければならなかった。これでは皇女の身も危険になる。
 ルシェルは、背後にいるはずのセフィナの姿を探したかったが、身体はまだ自分の支配下になく、少しも思い通りに動かない。
 そのまま、どれだけの時間が過ぎたのかはわからなかった。
 気付くと光は収まり、黒装束たちの姿は消えていた。ずれた空間も元通りになっており、石床から天井まで刻まれた斬痕以外に、特に異常と思えるものは見つからない。
 今の光は、この場にいた邪悪な存在だけを呑みこんだ、ということなのだろうか。
 あれは、神剣の力が解放されることによって生み出された、破邪の剣光とでも呼ぶべきものだったのかもしれない。
 ようやく身体を動かせることに気付いたルシェルは、背後を振り返った。台座の陰へ視線を走らせる。そこに、セフィナが身を潜めていた。頭を庇うように両腕で抱え込んだまま、震えているようだ。
「セフィナ様……!」
 ルシェルが声をかけると、皇女は微かに顔を上げて反応してくれた。こちらに向けられた瞳には、明らかな怯えが宿っている。ルシェルは神剣を鞘に納め、傍に駆け寄った。
「御手を――」
 まだ立ち上がれずにいる皇女へ手を差し出した。皇女は手を掴んでくれたものの、怖々とルシェルを見上げたまま身体を硬くしている。
「本当に、ルシェルなの……?」
「はい」
 ルシェルはようやく、自分のせいで皇女が怯えているのだ、と気付いた。
「もう、なにがなんだかわからないわ……。あなたは、突然戦女神にでもなったみたいに戦い始めちゃうし、神剣が光ったと思ったら、あとは目の前が真っ白になっちゃって……。どうしていきなり、あんな力が使えるようになったの?」
「申し訳ございません。私にも、よくわからないのです……」
 腕環が輝き始めた瞬間から、身体がひとりでに動き出したような覚えはあるのだが、何者か――恐らくは、神剣の意思――に操られたまま戦っていたことを皇女に明かすのは、余計に不安を煽るだけのような気がした。
「とにかく、神剣を手にすることはできたのですから、急いでここを出ましょう」
 ルシェルは腰帯に差していた鞘を抜き、改めて剣帯で吊り直した。不可解なことばかりだが、その一つ一つに気を取られて時間を空費するわけにはいかない。
 セフィナはまだ釈然としない顔をしていたものの、促されるまま手に掴まって立ち上がった。
 そのまますぐに走り出そうとしたのだが、
「――? 待って、ルシェル」
「どうなされました?」
 皇女が制止の声をあげたので、振り返った。
「この宝珠は、持っていかなくてもいいの?」
「宝珠、でございますか……?」
 セフィナが指差したその先に目を向けると、台座に、黄金の鎖でつながれた宝珠が首飾りのようにかけられているのが見えた。先ほどは、とにかく神剣を手にすることで頭が一杯だったので、陰にあった宝珠には気付けなかったようだ。それは掌に収まるくらいの大きさで、よく磨かれた水晶球のように思えた。しかし、そこから放たれる光はただの水晶球とは異なる。瑞々しく艶やかな輝きに満ちた宝珠には、虹のように様々な色を織り込んだ光が、たゆたう漣(さざなみ)のごとく揺らめいていた。
 今までに目にしたことのあるどんな宝石よりも、美しい。
 その宝珠は、ただ見つめているだけで吸い込まれそうな感覚に陥ってしまうほどの、神聖な美を湛えていた。
「このような宝珠があるなんて……、祖母からは聞いておりませんでした」
 故のある神剣はともかく、突然現れた未知の宝珠は、手に取るのも憚られる気がした。
「でも、このまま置いていってよいものかしら? 神剣と一緒に封印されていたのなら、やっぱりルシェルが持っておくべきものだと思うの」
「ですが……」
「迷っている時間はないんだから、急ぎましょう」
 セフィナは宝珠を手に取ると、有無を言わさぬままルシェルの首にかけてしまった。
「私が持っていると、すぐうっかりして失くしちゃうんだから、あなたが持っていたほうが安心でしょう?」
 これでよし、といった具合に皇女が肯くので、ルシェルは何も言えなかった。
 確かに、神剣とともに封印されていたのなら、この宝珠もなにか大事な意味を持つものなのかもしれない。課せられる重荷が増えていくようで不安はあったが、ここに置いていって化け物たちに奪われるわけにはいかないと思えた。
「わかりました。では、この宝珠が何かはっきりするまでは、私がお預かりいたします」
「うん。じゃあ、早くここを出ましょう」
「はい」
 二人で肯き合い、台座から下りようと足を踏み出したときのことだった。
「――残念だけど、あなたたちをここから出すわけにはいかないわ」
 突然、前方を塞ぐ闇の奥から、若い女の声が響いてきた。



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