【第三章】祭りのあとに、雪花は降り積もる
第二十八話 山小屋の皇女。おかしな二人。

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 気持ちのよい青空だった。雨戸から吹き込む風にはまだ冷たさが残っていたが、起き抜けの目を醒ますにはちょうどよい。
 上空を塞いでいた漆黒の闇は、嘘のように晴れ渡っていた。空だけを見ていると、昨夜の出来事も全部嘘だったのではないかという気分になってくる。あれはきっと、悪い夢でも見ていただけなのだ。しかし、空に向けていた視線を水平に戻すと、そこに拡がっている風景は、セフィナの部屋の窓から見えるいつもの景色とはだいぶ違っていた。
 どことも知れぬ山奥の小屋に佇んでいる我が身を自覚すれば、無性に泣き出したくて堪らなくなる。
 だが、セフィナは耐えていた。
 悲しいことや辛いことがあったときは、いつもルシェルを呼びつけて泣き言を聞いてもらい、たくさん慰めてもらえば気が晴れるのに。
 しかし、今ここに、彼女はいない。
 一度泣き出したら、もう涙を止められなくなってしまうとわかっているから、意地でも泣くわけにはいかないのだった。
 ルシェルは、無事なのだろうか。
 不思議な光に包まれて、剣の間から上空へ打ち出されたことまでは憶えていた。
 すごく怖くなって、ルシェルの背中にしがみつこうとしたときには、身体に力が入らなくなっていたのだ。
 もう少し手を伸ばしていれば、今も彼女と一緒にいられたのだろうか……。
 いつも傍にいたルシェルがいないだけで、ここまで心細い気持ちになるとは知らなかった。
 とはいえ、自分が生きていることを肯定的に受けとめるなら、ルシェルもきっと生きているのだろうと信じられる。それに彼女は、三女神の加護に護られた、剣の斎女なのだ。泣き虫で臆病なセフィナなんかより、ずっと強くて頼りになる少女だった。彼女だって今頃は、どこかの地でこの青空を見上げているはずだと思う。
 ルシェルに、会いたい。
 兄は……、クライシュ皇太子は、無事に帝都を脱することができたのだろうか。
 昨夜の界瘴は、ロゼウス軍を迎え撃つべく北上していたセフィナの父、皇帝オルデニウスのもとにも被害を及ぼしたのだろうか。
 皆がセフィナにとって大事な人であるというのに、誰の安否もわからないのが、辛かった。
 これから自分が、なにをするべきなのかもわからない。
 お城は、どうなったのだろう。
 あの恐ろしい魔女になにもかも破壊し尽くされて、既に瓦礫の山へと変わり果ててしまったかもしれない。城下の人びとは、無事なのだろうか……。
 どうにかしてあそこへ戻ったとしても、そこにルシェルがいるはずはなかった。
 神剣を手に入れて城を脱した後は、近隣の領主を頼って落ち延びるしかないと話していたのだ。それなら、ここの近くにいる領主と面会して保護を求めるべきなのだろう。無事だとわかれば、ルシェルは自分のもとまで駆けつけてくれるかもしれない。
 自分だけが安全なところにいて、ルシェルに見つけてもらうのを待っているのは卑怯だという自覚はあったが、彼女を捜して動き回ろうにも、どこに行けばよいのか全く見当が付かなかった。仮にセフィナがそうしたところで、半日と歩かぬうちに、自分がどこにいるのかもわからなくなって迷子になってしまうのが落ちだろう。
 やはり、どこかの領主に保護してもらって、ルシェルの捜索も依頼するという方が合理的で効率もよい。そうは思うものの、あまり動かなくて済む言い訳を探しているようで、自分が嫌になる。
 皇女の立場を利用して誰かを動かすことはできても、自分は誰かのために動けず、動いたとしても物の役に立たないという事実が、セフィナの気持ちを陰鬱なものにしていた。
 結局自分は、なにもできない役立たずでしかないのだ……。
「セフィナさまー!」
 そのとき、小屋の扉が勢いよく開け放たれた。元気な声とともに小屋へ入ってきたのは、淡い橙色の髪をした小柄な少女だ。その腕に、水をなみなみと湛えた木の桶が抱え込まれているのが目に入った。
「お水を汲んできました! それと、ハーブや野いちごも見つけたので、いくつか摘んできましたよ!」
 セフィナへ微笑みかけた少女が、竃(かまど)の近くに木桶を下ろした。
「ありがとう、ミリィ。色々面倒を看てもらって、申し訳ない気持ちで一杯です」
「お気になさらないでください。朝のお散歩のついでに、お水も汲んできたようなものなんですから」
 礼を告げると、ミリィという名の少女は謙遜するように少しはにかんだ。
 彼女が山中で倒れていたセフィナを見つけて、この小屋まで運んできてくれたというのである。目を醒ましてから彼女にその話を聞かされたのだが、まだ十歳になったばかりという少女の、どこにそんな力があるのだろうと驚いてしまった。
 そんな年頃の少女が、生き別れた妹を探すために一人で旅をしているというのだ。セフィナの感覚ではにわかに信じられない話だったが、ミリィは本当に自活することに慣れているようで、竃に火を熾(おこ)す手際はなかなか見事なものだった。
「川の近くで、ローズマリーと、レモンバームを見つけたんです。これはお茶にできると思って、葉っぱを少し頂いてきました。そこに野いちごもあったので、欲張ってたくさん採ってきちゃいましたよ」
 無邪気に笑顔を輝かせたミリィは、腰に提げた小さな布袋の中から香草の葉や野いちごの実を取り出して、テーブルの上に広げて見せた。
「乾パンを少し焼いてこんがりさせますから、それで朝ごはんにしちゃいましょうか。楓蜜(ふうみつ)を持ってますので、塗って食べてもいいですし、お茶に入れてもいいですし」
「とてもありがたいのだけど、それは大事に取っておいた方がいいんじゃないかしら?」
「その点は心配ご無用です! たくさん入ってるので、ちょっと使ったくらいではなくなりません!」
 テーブルの上に、楓蜜の瓶詰めが「どん!」と置かれた。
「でも……」
「これから山を降りなければならないのですから、今のうちに栄養をしっかり摂(と)っておいた方がよいと思います」
 ミリィの言葉には、一応の説得力があるように思われた。
「では、少しだけ……」
 結局、蜜の誘惑に負けてしまった。
 えへへ、とミリィに笑われてしまったので、少し恥ずかしくなる。
 こんな状況だからこそ我慢しなければならないという思いもあるが、甘いものを口にして落ち着きたいという気分も、無視することができない。
「すぐにできますので、少々お待ちください」
 くるりと竃へ向き直ったミリィに「頼みます」と声をかけたものの、病に伏せているわけでもないのに、四つも年下の子にあれこれと世話を焼かれている我が身が情けなく思えた。
 ――たまに、ルシェルと一緒にケーキを焼いたりしたけど、私はいつも簡単なことしか手伝わせてもらえないし……。
 刃物は持たせてもらえないし、火傷をしてはいけないから、と火を使うことも許してもらえない。
 そうやって甘やかされてばかりいたから、肝心なときになにもできない人間になってしまったのかしら……。
 乾パンに焼き色をつけるくらいなら、私にだってできるかもしれないけど……。
「できました! カリカリに焼けましたよー!」
 そんなことを考えているうちに、こんがり焼き色のついた乾パンが木皿の上に移されてしまっていた。予想していたより香ばしくていい匂いが漂ってくる。
 ハーブはお湯を沸かせたケトルの中で蒸らされているし、野いちごも既に水洗いを終えた後だ。
 ミリィが木製のカップを一つ余分に持っているというので、お茶はそれで飲ませてもらうことにした。カップに茶を注ぐと、レモンのような風味がついた、仄かに甘い爽やかな香りがテーブルの上に広がる。
「大したものではありませんが、どうぞ召し上がってください」
「いえ、とても立派なご馳走です。ありがたく頂かせてもらいます」
「いえいえ! 色々な食材が手に入ったら、もっとちゃんとしたものをお作りいたしますので、そのお言葉はそのときに頂けると嬉しいです」
「それでは、そのときは私にも手伝わせてください」
「わかりました。二人で一緒においしいものを作りましょう」
 ミリィがそう言って笑ってくれたので、セフィナも少しだけ笑うことができた。
 彼女が心根の優しい子で、とても救われたと思う。

 食事を終えた後、ミリィと今後の予定について相談した。
「では、ここから一番近くにあるのがアウデア候のお城なのですか?」
「はい。私もそこまで行くつもりだったので、セフィナ様をアウデア候のお城までお連れいたします」
「助かります。本当に恥ずかしい限りなのですが、このあたりの地理にはあまり詳しくなくて……」
 これでも見栄を張った言い方だと思う。地理がわからないのはこの近辺に限ったことではなくて、自分が住んでいるヴェルハイムのお城から外のことはなにも知らない、と言った方が真実に近いくらいなのだ。
 ただ、アウデア地方が帝都から西にあることと、そこを治めるアウデア候のことは知っていた。幾度か顔を合わせて挨拶も交わしたことがあるし、とても誠実で、信義に厚い人物だという評判も耳にしている。代々アウデア地方を治めてきたアーバンクライン侯爵家は、剣聖ロディアスの血を受け継ぐ名門であり、現在の当主であるカイエルも、その家柄に恥じない立派な人物だといってよいだろう。二人の子息は文武両道に優れ、そのうちの兄の方とは面識もあるので、全く知らない人たちのところへ駆け込むより遥かに安心できそうな気がした。
「ご安心ください! この私が責任を持って、アウデアまでご案内いたします!」
 ミリィが小さな胸を、どん、と叩いた。彼女の深く蒼い瞳は、使命感とやる気に燃えているようだ。
「本当にありがとう。あなたも、そこで妹さんを見つけることができればよいのだけれど」
「そうですね……。でも、あの子にはいつか会えると思います。リリィはちょっとそそっかしいところがありますが、根はしっかりしているのです」
「あなたを見ていると、妹さんもそうなのだろうと思えます。私なんかより、よほどしっかりしているんですもの」
 それはお世辞ではなく、本心から出た言葉だった。だからこそ、不甲斐ない自分に心苦しさを覚える。
「いえいえ、私なんかはまだまだです。……セフィナ様も、きっとルシェルさんと再会できると思いますよ」
「私もそう信じています。あ、それとね、ミリィ」
「なんです?」
「これから先はどんな人に出会うかわからないのだから、私の名前をあまり口にしないようにしましょう。あなたはとても善い子だけれど、世の中には悪い人もたくさんいるのですから」
 アウデアの城へ着く前に、帝都を襲った魔女のような連中に出くわさないとも限らなかった。自分はともかく、ミリィのような少女まで巻き添えとならぬように用心しておく必要があるだろう。
「そうですね、わかりました」
 素直に肯いてくれたミリィを見て安心したが、どうして彼女は、自分がヴェルトリアの皇女であることを知っていたのだろう、と思った。田舎や旅での暮らしが長ければ、セフィナの顔を知らない方が当然のような気がするのだ。
 そう考えると、初めて顔を見たときから「セフィナ様」と呼ばれたのは不思議なことだった。彼女が旅の途中で帝都に寄っていたとしても、祭礼や祝賀の催し事でもない限りは、セフィナの姿が人目につく機会はそれほどない。
 もちろん、そうした時機に偶々(たまたま)帝都にいた可能性もあるだろう。でも、そんな少女に、山中で倒れているところを運よく助けてもらうなんて、あまりにできすぎているような気がした。
 それとも、私が考えすぎているだけなのかしら?
「どこか具合が悪いのですか?」
「え? あ、ううん、なんでもないの」
 ミリィに尋ねられてから、自分がずっと眉をしかめていたことに気付いたセフィナは、もうこのことについて考えるのはやめにしようと思った。
 飲みかけのお茶がまだカップの中に残っていたし、まだ温かかったので、最後まで飲み終えてしまわなければもったいない。ここはお城ではないのだし、いや、お城の中であろうと、食べ物や飲み物を、無駄に残して捨ててしまうのはよくないことだ。
 そんなことを考えていると、どこからか舞い込んできた白い羽が、ふわりとテーブルの上に乗るのが見えた。

       †

 こうして背中にくっついているのが、好きだった。帽子が飛ばされそうになったので慌てて押さえたが、吹き抜けてゆく風に髪が浚(さら)われてゆく感覚も、嫌いじゃない。
 陽光に煌く長い黒髪は、少し透けて紫色に見えなくもなかった。昔は純然たる黒だったはずなのに、きっと魔力焼け≠フせいだと思う。瞳は紫色への変化がもっと顕著だった。紫は嫌いじゃない――というより好きな色だから、それは別にいいのだけれど。
 周囲には、見渡す限りの荒野が広がっていた。風はやや強かったが、まだ夏の日差しの強さが残る季節だったので、これでちょうどよいくらいだ。
「ねえエリウス! そんなに急がなくても、もうだいじょうぶなんじゃない?」
「…………」
 返事がなかったので、前に回した両腕に、くっ、と力を込める。
「苦しいよ。ジェド、ちょっと止まって」
 迷惑げに呟いた少年が手綱を引くと、駆け足を続けていた黒毛の馬が足を止めた。癖のある灰白(かいはく)色の髪をやや無精に伸ばした頭が、こちらに振り返る。頭髪と同様に色素の薄い瞳が、不機嫌そうに細められていた。
「騎手に悪戯するなんて危ないだろ? 振り落とされちゃったらどうするんだよ」
 彼は文句を言いながら、右目にかかった長い前髪を掻き上げた。鬱陶しいんだったら、もう少し髪を短くすればいいのに、と思う。
「騎手なんて大袈裟ね。全部、その『馬』が勝手にやってくれてるんでしょ」
「ジェドは犬だよ」
 エリウスはますます不機嫌そうな顔をしていたが、片手で《犬》のたてがみを撫でる仕種はやめなかった。
「この前は『犬じゃない』って言ったじゃない」
「犬だよ。ジェドは犬なの」
「なんかわからないのよねぇ。訊くたびに、犬になったり犬じゃなくなったり」
「別に、マリーシアにはわかってもらわなくたっていいよ。――ジェド、構ってないで先に進もう」
 彼はそう言い捨てるなり、正面に向き直って《犬》に前進を指示しようとした。
「ねえ、待ってよ! 界瘴が出てきたときはどうなるかと心配したけど、朝になったら綺麗な青空になったと思わない?」
「だから?」
 エリウスの返事は素っ気なかった。《犬》のことを、少しからかったせいだろうか。
「だから! もう急ぐ必要はないんじゃないのって言ってるの! あんたって、ちっとも人の話を聞いてないんだから!」
「急げって言ったのはマリーシアだろう? 夜通し駆け続けて、僕とジェドは一睡もしてないっていうのに」
 エリウスがこれ見よがしに大きなあくびをした。
「あたしだって寝てないわよ。すごく眠かったけど、馬の――いいえ、《犬》の背中じゃ揺れがひどくて寝れたもんじゃないし」
「寝てたじゃないか。落ちないように器用に人の背中にもたれながらグウグウと」
「いびきは掻いてないでしょう! あたしの寝息は、スヤスヤ、です!」
「いいや、後ろから結構大きいいびきが聞こえてたよ」
「ウソよ!」
「ウソじゃない」
 そんなの、絶対にウソだと思う。
 エリウスは、たまに真顔でそんなことを言ってあたしをからかうのだ。
 だいたい、女の子に向っていびきが大きいとか言うなんて、失礼にもほどがある。
「ジェドも『すごいいびきを聞いた』って言ってるよ」
「じゃあ、ウソなのは確定ね。あんたの犬は喋れないじゃない」
「僕にはわかるんだよ、ジェドがなんて言ってるのかがさ。マリーシアみたいに心がひねくれている人には、ジェドも心を開かないんだよ」
「あらそう! あんたはずいぶん真っ直ぐでキレイな心をお持ちのようでなによりね! せっかくあたしがお喋りの相手をしてあげてるのに、憎まれ口しか聞けないなんてホントに腹立つ! もういいわ! あんたなんか、死ぬまでその犬とお喋りしてればいいのよ!」
 さっきは、お喋りができるように少し速度を落としてもらおうと思って声をかけたのに、もうそんな気はどこかに失せてしまった。
「死ぬまでマリーシアのお喋りに付き合わされるよりは、そっちの方がいいかな」
 特に悩む様子もなく、エリウスはごくすんなりとそう答えた。
「さらっと肯定しないで、少しは慌てなさいよ!」
「?」
「『どうして?』という顔はやめなさい! あんた! あたしを選ぶか、その犬を選ぶか、二択を迫られたらどっちを取る気でいるのよ!」
「そんなこと言われても、ジェドを捨てることなんてできないし」
「犬ね!? あんたは、犬を取るのね!」
 そこでマリーシアの名が真っ先に出てこないということは、エリウスが物事をお犬様£心に考えている証拠だと思えた。
「ジェドは犬じゃないよ」
「さっきは犬だって言ったじゃない! 犬って言ったり、犬じゃないって言ったり――もういい加減にしなさいよね!」
「今のは、大事な相棒だから、ただの犬じゃないって意味だよ」
「じゃあ、あたしはその犬ほど大事な相棒じゃないって言うわけ?」
「マリーシアも大事な相棒だよ。一応」
「最後の『一応』っての、要らないわ。なんかがっかりした!」
 こういう気の利かなさが、エリウスのダメなところだと思う。
「そもそもあなた、一つ重大なことを忘れてないかしら?」
「なにを?」
「あんたにとってその犬は大事な相棒で、あんたはその飼い主かもしれないけどねぇ! あんたの飼い主は――、このあたしなんだからね!」
「…………」
 微妙な沈黙が流れた。
「なにか反応しなさいよ!」
「そうだったの?」
「そうよ! だからあたしの命令には絶対に服従しなさい! 主人のどんな理不尽な命令にも黙って従って尻尾を振ることこそが、飼い犬の喜びでしょ!」
「僕は違うと思うけど」
「口答えしないで、さっさと犬を走らせなさい! なんなら、あんた自身があたしと犬を背負って走っても構わないのよ!」
「無茶言わないでよ……。僕、もやしっ子なんだから」
 エリウスは、渋々といった態(てい)でジェドの駆け足を再開させた。
「男のくせに、自分からもやしっ子なんて言わないでよ。それで、今はどのあたりを走ってるの?」
「うーん、グラード地方にだいぶ入ったところだと思うけど。ジェドが言うには、もう少し先に進むと村があるんだってさ」
「村って、どういう村?」
「そこまではわからないよ。ちょっと大きめの村みたい。人がたくさんいる匂いがするんだって」
「じゃあ、今日はその村で一泊してみましょうか。悪くない村だったら、何日か滞在してあげてもいいわね」
「それには賛成かな。状況が状況だし」
 エリウスは、踵でジェドの横腹を蹴って駆け足の速度を上げさせた。
「本当の馬には乗ったことなんかないくせに、格好だけはつけようとするんだから」
 聞こえるように大きめの声で呟いたはずだが、エリウスからの反応はなかった。それならそれで、黙って背中にくっついていればいいだけだと思う。
 ――結構遠くまで来たはずだけど、ここまでくれば、『あの女』もそうそう追いかけてはこられないわよね……。
 胸中に呟いたマリーシアは、特に寒くもないのに一度だけ身震いをした。



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